最近、ナンバー2不要論について田中芳樹先生が語ったので

ついでに(便乗して)書いちゃいました。

銀河英雄伝説の田中芳樹さん「ナンバー2は綱渡り」 オーベルシュタインの不要論語る:朝日新聞GLOBE+


 オーベルシュタインが最初から最後まで語り続けた「ナンバー2不要論」の肝は組織の安定を阻害する存在は不要との意見です。この当たり前の意見に他の幹部たちが悪感情を持ったのは、忠信厚い人物を潜在的な敵と見なしたり、今まで上手くいっていた関係をわざわざ壊すという「平地に波瀾を起こす」オーベルシュタインの態度です。おまけに彼は他人に理解を求める姿勢も、意見に歩み寄るフリすら無しで組織のためだから従えと言う始末。これには誇り高い提督達は態度を硬化させるのは当然です。そしてキルヒアイスの死がオーベルシュタイン対軍幹部との決定的な関係を作り上げます。僚友として早くから関係を持った双璧や指揮下で戦ったワーレンやルッツ、直属の部下となったベルゲングリューン、ビューロー達からは嫌われてしまい、ロイエンタールの反乱の遠因となりました。

 一方でオーベルシュタインは自身はナンバー2にならないばかりか、権限も軍務尚書の地位が最高で国務尚書も帝国宰相も得ていません。また軍政については当然強い権限を持っていますが、軍令と軍の支持という点では宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤーに劣ります。ただし閣僚としてはマリーンドルフ伯よりも皇帝への影響力は高く、政治面での権限は強かったのです。
 ある意味アンバランスな位置のオーベルシュタインですが、彼がそのような人物を他に見つけたら力を削ぎに動くのは間違いありません。

 インタビューで田中先生は世界的に見ても上手くいったナンバー2は少ないと語っていましたが、逆にオーベルシュタイン的存在となると劉邦張良、秀吉の両兵衛、ナポレオンのタレーランなど有名どころが出てきます。

 ラインハルト陣営と比べると「組織としてはまことにけっこう」とオーベルシュタインに言われそうなヤン陣営は、ひとえにヤンが将と謀臣をまとめてやるカリスマだったのでナンバー2の存在理由がありませんでした。もう少し長生きしてエル・ファシル共和国が存在することになれば、ユリアンが頭角を現して軍事指導者として長い間その地位にいるヤンの対抗馬として(本人の意思に関わらず)争うようになるかもしれません。

 なおアッテンボローは平和が続いて退屈となり軍務を退いて政治家になって野党率いているか、共和国のナンバー2になっているかもしれません。

 

 ラインハルト死後も生きていればオーベルシュタインはどうなっていたのか。ミッターマイヤーとの確執から政治闘争に発展するか、皇帝代理となったヒルダに重用されるのか、もしくは粛清により幼皇帝を補佐する帝国宰相となるか。隠遁して犬の世話をする日々を手に入れる光景は想像できませんが、疾風ウォルフの心にもない退官を慰労する言葉を聞いて「卿に他者を誹謗する言葉は似合わぬが、心にも無い言葉をかける姿も似合わぬな」と言って立ち去るシーンはちょっと見てみたい気もします。

 

 記事の最後、「理想の生き方」を問われた田中先生が「人の下で仕えるというのがそもそも苦手」とポプランやボリス・コーネフのような回答をした上で、理想は「途中リタイアでの年金暮らし」をヤンの口癖で答えるオチは秀逸です。

「銀英伝」で勢力「地球教団」を選択した場合の勝ち方について

 もし架空ゲーム『銀河英雄伝説 -銀河の歴史がまた1ページ-』で勢力「地球教団」が選べたとしても、最初から選ぶのは弱小勢力好きか単なる捻くれ者でしょう。

 もちろんフェザーンを従えるため経済力はあり、布教とテロで勢力を伸ばすことが可能なため力は中々侮れないです。しかし正史の開始時はフェザーン自治領主があのルビンスキーのため、いつ離反するか判らないという状態で万全とはいえません。いきなり帝国に攻められることはないにしても帝国が順調に世代交代して新王朝誕生となれば、軍務尚書となったあのオーベルシュタインの権限が強化され、暗殺未遂事件がなくとも地球教に圧力が加えられるシナリオに進む可能盛大です。

 こう考えると地球教団の勝利条件は作中にあるとおり、裏に隠れてフェザーンを操り、帝国同盟双方が疲弊しきった状態で表舞台に現れて神政一致の政体で銀河統一するしかないです。

 本編でも同盟で信者を増やし政治勢力と結託できた時点では、フェザーンと同盟を裏で操れているのですから後は帝国だけとなり、そろそろ表舞台に出れるか?となったのも頷けます。しかしルビンスキー発案の「帝国に銀河を統一させてその政体を乗っ取る案」に修正を迫られたのが運のつきです。

 金髪の孺子を侮った点もありますが、陰謀を常日頃から張り巡らすあまり相手も同様に陰謀を巡らせることを見落としていました。

 皇帝誘拐に始まる一連の軍事作戦で、ルビンスキーですら帝国軍がイゼルローン回廊で疲弊する前提で計画を考えておりました。むろんそんな愚行をラインハルトが選ぶことなくフェザーン回廊を早々に占領します。ルビンスキーの思惑は外れ、帝国軍は圧倒的兵力で同盟に侵攻します。このとき最後まで帝国軍を阻んだのがヤンであり、地球教もルビンスキーも能動的には動けませんでした。

 ミッターマイヤーとロイエンタールがハイネセンを攻略した時に、トリューニヒトが早々に降伏するのを手伝ったのは地球教徒で、ラインハルトを唯一敗北または戦死させる機会を逸しました。

 キュンメル男爵を利用してラインハルトの暗殺は一年以上前からの仕込みであり、ほぼ統一が決まった時点での皇帝の排除は当初の計画のうちでしたが、失敗したうえにトリューニヒトの裏切りにより首謀者として表舞台に立ってしまいます。結果は帝国軍による地球制圧となり本拠地を失います。このあたりは最高幹部の一人ド・ヴィリエあたりがトリューニヒトを見誤ったというべきでしょうか。

 またヤンを暗殺することは成功したものの、ラインハルトの最大の敵を排除してローエングラム王朝を磐石にしたのは大失策です。この後に地球教団はラインハルト暗殺を何度か実行しますが全て失敗、最終的に壊滅します。

 一番の問題は影に隠れてこその力であった者が、表に出てきたことで単なる敵の一つに成り下がった点です。

 そんなわけで話を戻すと、勢力「地球教団」は布教して信徒を増やし勢力を拡大する表の活動と、要人を暗殺したり社会不安を煽るテロなどの裏の活動、この両方をバランスよく使いの人類支配を目指す組織運営が必要になる。なおテロについては失敗すればリアクション(支部の制圧や幹部の逮捕)があるので毎回賭けになります。

 結局は地道な努力が必要という身も蓋もない話ですが、これを数百年に渡って継続してきたからこそ地球教団は帝国を脅かす存在になれたという事実。やっぱり帝国と同盟の共倒れからの宗教による救済を名目として一気に拡大の当初のシナリオがよかったのではないでしょうか。

銀英伝における艦隊戦の意味について

 戦争は外交の一手段という言説を基準にして語るのなら、銀英伝における艦隊戦は最も○○な交渉手段といえます(この○○に入る言葉は色々あるので割愛)。交渉はスポーツの試合のように、できるだけ両陣営が対等になるようにルールを設定したりはしません。だから場所も時間も人数も自陣営の都合のいい様に設定しようとします。帝国側が同盟領に侵攻するタイミングは帝国の政治しだいで、同盟がイゼルローン要塞を攻撃するのもまた政治的要因によります(お互いの空気間で”そろそろ”はあるようですが)。

 一方で迎える側は相手と交渉(戦争)をしないわけにはいきません。不戦敗は敵に何かを差し出すことになりますから。同盟なら恒星系を、帝国ならイゼルローン要塞を明け渡すことになります。もちろんそんな選択肢はあり得ません(作品中にそんなことする非常識な方々がいますが、それは例外です)。だからこそ艦隊戦が発生するのですが、そもそも戦略単位である一個艦隊とは何かという話もがあります。

 艦艇数で一万隻以上、人員で百万人以上。一都市に匹敵するのは人だけでなくそこに投じられる資本も同じです。道路やビルを造り日々の生活を支える都市のシステムは、そのまま艦艇や軍の兵站になぞらえます。この膨大リソースを投入して得られるのが上記の外交(戦争)成果です。ハイリスクハイリターンですね。そしてハイリターンが今度はハイリスクに変わるのも特徴です。

 得られたリターン(宙域や要塞)を確保し続けるコスト、勝ってよりリスクの高い勝負に出てしまう(同盟軍の帝国領侵攻)リスク、負けた分を取り返そうとコストをかけてまたハイリスクに手を出す(タゴン会戦後の帝国やイゼルローン要塞を何度も攻略する同盟)リスク。結局勝って得たリターンを吐き出して艦隊建造と維持に投資を続けました。

 まあ続ける理由を「相手が攻めて来るから悪い」「相手が臣従しないから悪い」とお互いに求めた結果、帝国も同盟もぽっと出の金髪の孺子に総取りされたのですが。なおその金髪の孺子が総取りできたのは、彼が最も得意とする「艦隊戦による外交」を両国が百年以上続けていたからです。そうでなければ彼の急速な栄達も権力の掌握も不可能だったでしょう。

 物語の主軸で登場人物の見せ場でもある「艦隊戦」の存在は、二国間の外交の基本であったとともに、帝国同盟フェザーンの滅亡の理由でもあったわけです。そう考えるとこの物語が艦隊戦で彩られているのも判る気がします。

ヨブ・トリューニヒト氏の華麗なる弁舌

 銀英伝の中で嫌われキャラといえばハイドリッヒ・ラングと並ぶ二大巨頭ヨブ・トリューニヒト氏。自由惑星同盟の最高評議会議長まで登り詰めた政治家であり、雄弁家または詭弁家で、同盟を銀河帝国に売り渡した史上最大の商人。特に演説は同盟のトップとなる前から聴衆を高揚させる名手でした。

 アスターテ会戦の戦没者慰霊祭では原稿なしで原稿用紙換算3枚1200文字以上の内容を話し続けました。途中でジェシカ・エドワーズの横槍が無ければまだ喋ったかもしれません。

 この演説自体は見事なものです。戦死者の死を尊び、賛美し、国を守るために戦いが必要だと唱え、そして戦わぬものを卑怯だと称して帝国打倒を叫ぶ。トリューニヒトはたったこれだけの事を仰々しく長々と話す技術は卓越しております。
 命より大事なものがある、口先で平和を口にすることは簡単ではない、国あっての個人の自由、帝国では反論すら認められない、等々をこれでもかと叩きつけて人々を煽りました。これに感化された聴衆は興奮して帝国倒せと叫びます。雄弁家または詭弁家として見事な手腕で、本来の主役である戦没者や主賓である戦没者の家族を押しのけて慰霊祭の主役となります。
 一部の冷静な人は苦々しく思っていても、全体が熱狂的に賛同する中では態度に出せません。ヤンも席を立たずにスローガンも唱えないという、子供っぽい小さな抵抗しか出来ませんでした。

 これ以降も救国軍事会議のクーデター後や反ライハルト派の幼帝誘拐劇での演説で彼の弁舌はその力を発揮します。

 「皇帝亡命」ではまず最初に珍しくも無い亡命者の話題から幼帝の名前を口にすることで同盟市民を驚愕させます。続けてラインハルトの非道を訴えてローエングラム体制打倒を声高に叫び同盟全体を煽ります。更には帝国貴族達との共闘という建国以来の政策転換を打ち出して歴史に名が残るかのような発表をしました。
 この時に視聴率というものが同盟にあったとすれば、同盟史上でタゴン会戦の勝利報道以来の高視聴率だったかもしれません。扇動者としては最高の瞬間ですね。

 しかし、ラグナロック作戦でフェザーン回廊を帝国に奪われ、同盟領への帝国軍侵入を許すとその後は雲隠れして保身に走ります。本来なら得意の演説で国威高揚ぐらいはすべきところですが、それすらしないという徹底ぶり。最終的には同盟は敗北、トリューニヒトはあれほど活用した演説の一つも無く、帝国に亡命した後は残念ながら彼が聴衆の前で演説する機会は訪れませんでした。

 後半は大勢の前で演説する機会が無く、残念ながら彼の華麗なる弁舌は一部の聴衆が(嫌々ながら)聞くだけに留まります。それにしてもトリューニヒトが「帝国議会」で議長演説をする未来もあり得たというところが、銀英伝の奥の深さを感じます。それなら野党党首のアッテンボロー氏の反対演説も当然あり得るとして、まさかのif歴史を考えてみるのもいいかもしれません。

ヤン・ウェンリーのトリックは二度使われる。

 魔術師ヤン・ウェンリーは生涯で数々のトリックを使いましたが、2度使われている事が多いです。一流は成功した方法にはこだわらず、二流は成功した手を再び用いて、三流は他人の成功を模倣します。ヤンは戦術に関しては一流のはずで、では2度使っているとはどういう意味なのか。

 彼が初めて使用した奇跡はエル・ファシルで民間人の乗った輸送船を脱出させる際に用いた「戦場でレーダーに映るのは自然物」という心理を突いて、レーダー透過装置を使わずに星系から離脱した方法です。この時ヤンは士官学校出身ですから「戦場でのレーダーの性能限界」は知っており「敵がレーダーに明確に映ることは無い」という前提も理解してました。だからこその作戦だったわけです。

 そしてヴァーミリオン。ラインハルトの機動縦深防御に阻まれたヤンは、小惑星帯から手ごろな隕石で艦隊を偽装します。この時も3光秒近くも離れれば、敵は明確に艦艇と隕石とを判別することが難しいと理解しての作戦です。ラインハルトが陣形を崩したことでヤンの本隊が突撃する流れになりました。では陣形を崩さなければ?簡単な話で動かぬ帝国軍がいる宙域に8千個の隕石を打ち込むだけです。実際に囮部隊と気が付いた後の帝国軍は、反転中に隕石を打ち込まれて被害を受けています。帝国軍が迎撃もしくは散開して陣形を崩せば、同じ目的は果たせますから。

 最初は人工物を自然物と思わせ、次は自然物を人工物と思わせる2度おいしいトリックでした。

 またイゼルローン要塞攻略戦では2度とも欺瞞情報で敵を誘き出して占領しました。初回は救援を求めて艦隊を誘い出した上で、報告を携えてきたという嘘の情報で要塞の占拠に成功します。2回目は初回と同じ作戦だと敵に思わせて、逆に計略を考えさせます。つまりヤンが初回と同じ行動をとると勘違いさせました。ルッツ艦隊は前任者の轍を踏んで要塞を離れてしまいます。なお要塞を無力化する方法が初回は敵司令官の確保で2回目がシステムダウンと、本来なら攻められないはずのポイントが落とされたのも同じです。

 ヤンは要塞からの艦隊を誘引して落とした事実を利用して、帝国軍にもう一度同じ手を使うと誤った気付きを与えるトリックを用いたのです。

 他にはラグナロックではヤンと戦いたいラインハルトの心理を利用して敵艦隊の分散に成功しました。回廊の戦いでも同じくラインハルトをイゼルローン回廊まで誘い出しますが、今度は大軍を集中させて身動きを取り辛くするという方法で有利な戦場を造りだしました。なおヤンはバーミリオンの前哨戦でシュタインメッツ・レンネンカンプ・ワーレン艦隊を、回廊の戦いの前哨戦でファーレンハイト・ビッテンフェルト艦隊をそれぞれ倒してラインハルトの自尊心に一撃を加えて、彼を後には退けなくしています。

 なお帝国軍は一度ラインハルトを単独にして懲りているので、次の対峙ではブリュンヒルトの周囲を大軍で覆ってしまい、これが回廊の戦いの損失に繋がってしまいました。

 

 同じことを2度する(される)と、大抵の人は最初の結果を想像してしまい逆に選択肢を狭めてしまうのかもしれません。これこそが相手の心理を操り、奇跡を生み出してきたヤンのトリックではないでしょうか。

ラインハルト考案の機動縦深陣が実は深いという話

 ラインハルトとヤンが雌雄を決すために全力で戦ったバーミリオン会戦。互いに艦隊司令官として拮抗した戦力で開戦した最初で最後の戦いでした。もちろん帝国軍が優位な戦いではあります。戦術目標はラインハルトが「他の艦隊の到着を待つ」であったのに対して、ヤンは「敵司令官の戦死もしくは捕縛」が唯一の勝利条件です。ラインハルトもそれを理解しており、というかバーミリオン会戦自体が自分を囮にしてのヤン艦隊の誘引による結果ですから。
 なのでヤンが何をするかをラインハルトは理解しており、そのために構築したのが機動縦深陣です。

 ヤンが他の帝国艦隊が戻るまでにラインハルトを討つには、短期決戦しかありません。事実、彼は速攻を命じて円錐陣で正面から攻勢にでます。戦線を縮小して戦力を集中、敵陣を突破してラインハルトの本隊を直撃する作戦です。これに対するラインハルトが出した最適解が機動縦深陣で、敵に『何度も突破させる』ことで心理的損耗を強いるのです。円錐陣は先頭の部隊が一番負荷がかかりますが、全軍突撃のため円錐の底辺の部隊も当然同じく突入します。翻ってラインハルトの機動縦深陣はその時に対応する部隊、『一枚のカード』のみ戦い他の部隊は待機、つまり戦闘態勢とはいえ一時休憩となります。この差は大きく、全部隊が連戦を強いられるヤン艦隊と、各部隊が1試合だけ頑張れば補給や再編が可能な帝国艦隊では疲労度は異なります。
 実際に帝国軍24段の防御陣の内、ヤン艦隊は8段目の突破で疲労が隠せず、ユリアンのひらめきにより敵の作戦を理解したとはいえ9段目の突破後に一時後退しております。

 そもそも何で帝国艦隊の陣形が判らなかったかというと、ヤン艦隊は戦線を縮小したので正面の敵の情報のみしか得られないためです。戦闘をしない、つまり砲火を交えない帝国の部隊はレーダー透過装置がありますから待機中は捕捉できません。ヤンが円錐陣を編成する間にラインハルトも編成を済ませてますから、同盟艦隊からみれば正面の敵のみ、正確には迎撃に現れた艦隊だけを捉えることができます。
 またラインハルトは左右に艦隊を配置、迎撃時にはスライドさせることで迎撃中の部隊の戦闘を他の味方の艦隊に遮られることなく正確な観測ができるようにしました。ヤンは全体が見えませんが、ラインハルトは戦況が手に取る様に判るということです。

 なおヤンが更なる突進を命じて、帝国艦隊の配置(スライド)が間に合わない速度でラインハルトの本隊を目指していればどうでしょう。

 当然、左右から砲火を浴びて辿り着く前に殲滅されるでしょう。

 では片方の陣形に突進すればというと、一枚一枚敵のカードを突破することになるのは変わりなく、その間にもう片列の部隊が後退して後ろに回り込むだけです。

 それなら陣形を再編して戦線を拡大(初期の陣形)すれば。

 ラインハルトもそれに対応した陣形に再編するだけで、あとは配下の艦隊が戻るまで戦い続ければ良いだけです。

 自身を囮にして敵を誘い出し、攻勢を受け止めて損耗させ、圧倒的大軍で包囲して殲滅もしくは降伏させる。ラインハルトの戦術プランは最高司令官を囮にするリスク以外は問題ありませんでした。

 誤算は彼のプライド、そしてヤン艦隊がみせた『敵艦隊の右側面を襲ったらいつの間にか包囲されていた』という神業のような艦隊運動でした。不用意に動かした主力部隊を一瞬で包囲される愚を犯したラインハルトは瞬時に敗北を悟ります。この後のミュラー参戦も戦況を覆せず、同盟側の戦闘停止という結末で戦闘が終わるまで何もできませんでした。

 ちなみにこの戦いでヤン艦隊は16,420隻中完全破壊されたのが7,140隻で、艦船の43.4%が消失したわけです。戦力としては損傷艦が6,260隻で、無傷の艦がたった3,020隻ですからもっと低下してます。
 一方で帝国艦隊は当初は18,860隻、ミュラー艦隊8,080隻の参戦で26,940隻中、完全破壊されたのが14,820隻、損傷艦が8,660隻で、無傷の艦は3,460隻でした。
 ヤン艦隊はミュラー参戦前から同規模の戦力を完全包囲、その後のミュラー艦隊の攻撃に耐えて包囲を続けたのです。艦隊の練度と司令官に対する信仰に近い信頼による士気の高さにより、帝国同盟の双方合わせても最高の組織であったことは疑いありません。

 ラインハルトは戦術的には敗北寸前まで追い詰められましたが、彼の考案した機動縦深陣が良く練られた陣形であったことは、ヤン艦隊に対して有効に機能した点からも間違いないでしょう。

ラインハルトの政治的センスについて

 ラインハルトは軍事的センスは最初から示されていましたが、政治的センスは皇帝になってから発揮されました。

 まずはキュンメル事件で地球教に対して行った処置です。御前会議でラングが更なる調査を求めますが、地球教が何たるかを正確に理解した上で最適な処置を指示しています。つまり教義に基づき暴力を辞さないテロリストだと把握して即座に本拠地の制圧を目指し、その際も武力への躊躇なくです。実際にこの地球教徒掃討作戦で力を一気に削減された地球教徒は数年内に掃討されました。

 続いてレンネンカンプの暴走を切っ掛けとしたハイネセンの争乱についても、正確な情報を開示して発言の正統性を担保します。つまり自身の代理人であるレンネンカンプに非があった事を認めて、その上で同盟政府の不手際と不法行為を糾弾する手法です。皇帝という上位者ならではの論法ですが、後手に回った同盟政府は釈明ができないまま市民からの不信を向けられます。常に先手を取り主導権を握るラインハルトらしい方法です。

 工部省のシルヴァーベルヒ工部尚書が一時的に職務休み、次官のグルックが職務を滞らせ辞表を提示した時も彼を留任させました。ラインハルトは王朝創成期と安定期の工部省の役割の違いを把握しており、未来を見据えてグルックを残し、彼を次期工部尚書にして工部省をサイジングするまで考えていました。そしてシルヴァーベルヒを何れ帝国宰相とし、同盟領を含めた銀河帝国を統治する片腕にしようとしていた可能性まであります。

 同盟完全占領と滅亡において、自由惑星同盟の存在を認めた上で過去のものとする処置をとりました。新たな時代の幕開けを告げ、ローエングラム王朝新銀河帝国と共に歩むべしと同盟市民に認識させるとともに、確かに同盟は存在したと一片の慈悲をもって彼らを慰める手法です。この時にハイネセンに進駐した帝国軍やラインハルトを認めない一部の役人を、個人的感情ではありますが罰しない通達も出しました。これにより皇帝の器量が同盟政府を上回ることも示したのです。

 もちろん旧帝国を掌握した時に貴族の私有財産を利用して財政再建を行い、平民に対する特権階級の横暴を排除して、平民を優遇する政策を素早く実行したのもラインハルトのセンスです。彼は体制の基盤が軍とそこに兵を供給する平民であることを理解しています。皇帝逃亡を演出した時も旧体制の復活を目論む亡命政府と加担する同盟政府と戦う図式をつくり、自身の野心と支持者である帝国民の望みをリンクさせることに成功しました。

 

 常に戦争でも政治でも常に先手を取るラインハルト。惜しいかな民主主義政体ではその能力を生かすことが出来ません。二十過ぎの首相や大統領などを認めるのは大多数の人にとって困難だからです。もし選ばれたのならそれは英雄崇拝の賜物であり民主主義とは相反しますから。
 あと帝国本来の国力なら誰が統治しても当たり前との意見もあるかと思いますが、その状況を作り出すために旧体制を一掃したのもラインハルトです。リップシュタット戦役で敵となる貴族が多い事を喜ぶのも、心情とは別にそれだけ処分できる対象が多くなり、自身の権力強化に繋がると見越してでした。

 趣味が戦争で義務が政治。とはいえ政治のセンスもあるラインハルトですが、芸術と冗談のセンスは乏しくデートで「一緒にいてもつまらない男」扱いされるかと思うと人間何が幸いなのか判りません。もっともラインハルトの美貌なら「隣に居るだけで幸せ」となるかもしれませんが。