銀河を駆ける船の速度について

 現在の人類最速は人工惑星ヘリオス2の時速252,792km、秒速70.22kmです。これが千年以上未来の世界では、宇宙空間を自由に航行し、ワープを使えば数千光年の移動が可能となります。
 しかしあまり詳しい数値は無く、ワープも40Cと表記されるだけで具体的な跳躍距離は判りません。

 そこで少ない情報から色々と推察してみます。

 まずはワープですが、ヤンの第13艦隊が第7次イゼルローン攻略でハイネセンからイゼルローン回廊入口までの4,000光年を24日間で踏破しました。ヤンの中々悪くないとの感想とは別に、出来合いの艦隊でこの期間は十分早いとの評価です。

 単純計算で日数では1日180光年を移動し、ワープ回数では19回で平均210光年となります。ただし長距離ワープを8回、短距離ワープを11回との記述があるので、長距離を300-400光年、短距離を100光年未満の想定してみます。

・350x8=2800光年

・100x11=1100光年

 合計3,900光年で、大体この辺りがワープでの移動距離だと推察されます。

 

 次に通常航行ですが、具体的な数値はドーリア星域会戦で第11艦隊を第13艦隊が捉えた時に、第11艦隊の移動速度を算定した数値です。この光速の約1%の数値は恒星系内での限界速度に近いとのことです。

 光速の1%は秒速で約3千㎞、時速は1千80万km、地球から月なら1分40秒、火星までなら最接近時で7時間、太陽までは13時間50分です。内惑星系なら海外旅行の気分で移動できます。

 またアスターテ星系の戦いではラインハルトの艦隊と正面にいた第4艦隊の距離が2,200光秒、接触想定時間は6時間でした。同じ速度で移動しているとして6時間後に接触するのは現在位置から互いの中間となる1,100光秒の距離。すると一個艦隊は光速の5%で航行が可能となります。

 なおラインハルトは急進して第4艦隊と戦闘に入ったので、光速の5%以上の速度で襲い掛かったことになります。

 光速の5%は秒速で約1万5千km、時速で5千4百万㎞。地球から月なら20秒、火星までなら最接近時で1時間24分、太陽までは2時間46分です。

 恒星の影響が少なく、惑星や小惑星帯もない恒星系の周辺の宙域であれば、より早い速度での移動が可能となるということです。

 

 いずれにせよ、宇宙に出た人類は慣性制御により加速と減速時のエネルギーロスが極小なため光速の数%というとんでもない速度で航行し、数百光年のワープが可能だということです。

無能に見えた提督達は本当に無能だったのか

 やられ役となった代表的な人物はアスターテ会戦の第四艦隊パストーレ中将、第六艦隊ムーア中将、生き延びたもののヤンの引き立て役となった第二艦隊パエッタ中将が有名です。二倍の戦力でラインハルトに完敗寸前まで追い詰められました。

 では本当に無能かというと。

 まずパストーレ中将ですが、基本は統合参謀本部の命令に従って包囲作戦を実行してます。無論自身や司令部の参謀達も作戦を支持していますが、艦隊配置は参謀本部が決めた可能性が高いです。

 先手を取られてからの対応は遅い点はありますが、そもそも戦力差3対5は撤退も視野に入れる不利さです。包囲網の一翼のためできる限り対応しようとしましたが、奮わずに艦隊は敗北しました。

 続いてムーア中将ですが、確かに思考の硬直はありました。しかし、敵が最初から3回戦を予定して第二艦隊を放置するなど予測は難しくです。ラインハルトの天才性によって実行された作戦ですから。また予定宙域からの進路変更はもともと三個艦隊による共同作戦のため、勝手はし難いものです。

 惜しむらくは参謀のラップ少佐の進言を無視しての敵前回頭です。相手が老練なビュコック提督であったことも災いして敗北が決定しました。

 最後にパエッタ中将。

 アスターテ会戦ではいいところなしなので割愛。
 あるとすればヤンに指揮権を移した判断です。感情では気に入らなくとも、敵の作戦行動を全て見抜いた部下に任せてから失神しました。これは理性ではヤンを評価した証です。

 

 各司令官は一個艦隊を任されるほどの人材なので、艦隊運用や組織運営、作戦指揮ができる希少な軍人です。ただ官僚的要素や政治的要因があって出世した可能性は否定できませんが。すくなくともナンバリングされた主力の艦隊司令候補になる程度には前線勤務や艦隊指揮の経験があり、能力があったと考えられます。

 では以降活躍した第13艦隊やヤン艦隊との差異はなんだったのか。

 作戦指揮と戦術立案の両方が出来るヤンと艦隊運用の名人フィッシャーが手を組み、完全な役割分担で戦いに望んだことでしょう。

 恐らく帝国同盟の歴史を通じても珍しい体制ではなかったかと考えます。

 通常なら司令官と配下の分艦隊指揮官か、司令官、副司令官でそれぞれに分艦隊を持つ構成になると考えますが、ヤンは司令官が作戦指揮を副司令官が艦隊運用を担う構成にしました。
 フィッシャーが副司令官として戦闘指揮した描写はドーリア星域の会戦で、第11艦隊の別動隊攻撃のため、分艦隊を率いた時のみです。それ以外は全て艦隊運用に専念して、配下の分艦隊に個別に指揮命令することはありませんでした。

 敵との砲撃戦を繰り広げながら自由に陣形を再編することができたのもこの分担のおかげです。

 

 敗れた提督が無能過ぎたわけではなく、敵との相対的なものであるのはもちろん、特殊な体制で勝利を続けたヤンとその艦隊が特別だったと考えます。

異色の軍人アレックス・キャゼルヌ閣下の才能について

 ヤン・ファミリーには個性的な軍人が数多くいます。艦隊指揮は名人、戦闘指揮は凡人のエドウィンフィッシャー提督。昼の空戦と夜の格闘戦で名をはせた撃墜王ポプラン。若くして提督になり将器と勇気を兼ね備えたジャーナリスト志望のダスティン・アッテンボロー提督。艦隊戦主体の戦場で歩兵戦闘で伝説を築いた第13代ローゼンリッター隊長ワルター・フォン・シェーンコップ。帝国軍上級大将から一転して同盟の客将となり最後は民主主義のために戦い戦死したメルカッツ提督。

 その中でも後方勤務だけで中将にまでなり、ずば抜けた事務処理能力でヤンを支え続けたのがアレックス・キャゼルヌです。

 事務処理能力が高く、100万万単位の組織で補給や物資管理、組織運営をこなす力があります。ヤンとは異なり軍隊以外でも能力を発揮できた逸材で、論文が認められて企業の幹部としてスカウトを受けてもいます。帝国侵攻作戦では同盟軍史上最大の3,000万人の出征を支える補給責任者として後方主任参謀に選ばれております。

 なおこの3,000万人、どれだけすごいかというと正直判りません。現時点で地球の最大の企業は米国ウォルマートで社員220万人、最大の軍隊は中国人民解放軍が230万人。その10倍以上の人員を遠征させるというのですから物資の管理だけでも大変な仕事です。

 遠征後は一時期、補給基地司令官に左遷されましたが、ヤンの努力が実りイゼルローン要塞の事務総監と副司令官を兼任する役職を得ます。軍民合わせて500万人の巨大都市の運営をヤンから一任もしくは押し付けられますが、キャゼルヌは完ぺきにこなします。

 同盟敗北後は軍の上層部から後方勤務本部長代理を泣いて頼まれて、同盟軍に残留します。ヤン・ファミリーの一員であっても主流派から依願されるのは、やはり組織運営に必要な事務能力の高さからです。

 ヤンの逃亡後も統合作戦本部に勤務続けていましたが、ヤンの所在があきらかになるとすぐに合流、古参メンバーと共にヤン艦隊を支え続けました。回廊の戦いでヤンがラインハルトとの戦闘に集中できたのも、キャゼルヌの後方支援が万全だったからでしょう。

 実在の人物で前線や戦闘には参加せずに同様の功績を上げたのは、楚漢戦争の蕭何や秀吉に仕えた長束正家がいます。キャゼルヌのモチーフは軍事では劣勢の漢を兵站で支え続けて勝利に貢献した蕭何でしょうか。蕭何は漢の宰相となりましたが、キャゼルヌは銀河帝国宰相というわけにもいかず、ハイネセン自治政府の閣僚に就任するぐらいしか才能を発揮する場がなさそうです。

 なお企業してビジネスマンとなるのも、本を書いてコンサルタントになるのもありなので、旧ヤン艦隊の中で最も再就職に困らない人でもありました。

裏方的な地味な仕事の重要性 補給と後方支援は大事です

 派手な突撃よりも、目立つ逆転劇よりも、威力絶大な要塞砲よりも、目立たぬ補給や後方支援が大事だと語り続けた銀河英雄伝説。補給や後方の問題が戦局に影響を与えるという、ごく当たり前の事象を普通に描いているのも特徴といえます。

 実際にラインハルトもヤンも、相手の補給に負荷をかける作戦を実行しています。仕掛けられた側は補給の問題で大敗したり、戦略を変えさせられており、重要性は明白です。反面、物資の輸送業務は派手な武功よりも地味なためか軽視される点があり、上記で仕掛けられ二人の提督は油断で大失敗を犯しました。

 帝国侵攻作戦で五千万人分の民間人と三千万人の遠征軍の食料や日常品の輸送に失敗した同盟のスコット提督と、帝国のラグナロック作戦で自らかって出た護衛任務に失敗、あっさりと輸送船団を撃破されたゾンバルト少将です。

 前者は占領地とはいえ、帝国領内をたった26隻の艦艇で100隻の輸送船団を率いた提督です。豪胆なのか楽天家なのかと問われれば、考えていないだけ、と皮肉が出そうなぐらい適当な態度で任務に望み、奇襲を受けた時には艦橋におらず部下と遊んでいる徹底ぶり。同盟補給部隊を探していたキルヒアイス艦隊の攻撃を受けてあっさり戦死、艦隊は全滅となりました。

 この時、キルヒアイス艦隊の損害は戦艦1隻が中破、ワルキューレが14機です。詳細は判りませんが、敵に緊急通信の隙を与えぬために、ミサイル攻撃と同時に艦艇を突撃させて完全破壊を狙ったのかもしれません。

 後者は自分を売り込みたいと焦り、不得意であろう任務についてしまいました。240個のコンテナを800隻の巡航艦と護衛艦で守りつつイゼルローンからウルヴァシーに輸送する任務です。
 ミッターマイヤーが自ら志願するほど重要な任務でしたが、ゾンバルト少将には退屈で簡単な仕事に見えたのかもしれません。敵の襲撃を常に警戒して航路の安全を確保して進むべきだったのかもしれませんが、ヤン艦隊に発見され全てのコンテナを破壊されてしまいました。

 この時、兆候を感じたラインハルトは麾下のトゥルナイゼン中将を救援に向かわせています。それほど大事であれば一個艦隊でも動かせば、との意見はありますが、これもまた難しいのでしょう。

 まず第一に目立ちます。一個艦隊規模の大規模な輸送艦隊など捜索網に簡単に引っ掛かってしまいます。また艦隊規模の艦艇数の移動には時間がかかるもので、そこに足の遅い輸送船団を伴っていれば移動は更に遅くなります。小規模な艦艇でかつ目立たぬように移動するスタイルが主流だったのでしょう。

 任務に失敗した両提督は、不運だった面もあります。最初から補給部隊に狙いを定めていたキルヒアイスとヤンが相手ですから。それでも慎重にことを進めるべきであったのは間違いありません。

 大遠征中にやらかした二人。それぞれ戦死と自殺で退場となりました。同盟の帝国侵攻の失敗も、バーミリオンでのライハルトの敗北寸前も彼らだけのせいではありませんが、輸送船団が壊滅が引き金になっています。

 以上の二人は失敗した側ですが、反対に帝国同盟の両方に自らの仕事を成し遂げた者がいます。補給や後方支援のような地味な仕事をやり遂げて地位を得たのは、帝国ではアイゼナッハ提督で、同盟ではキャゼルヌ中将です。

 アイゼナッハ提督は沈黙提督の渾名の通り口を開かず、黙々と後方支援等の地味な仕事をこなします。その結果、あのオーベルシュタインが認めるほどの信頼を得てラインハルトの麾下となり、最終的には元帥職を得ます。

 一方でキャゼルヌ中将は完全な事務方で、補給や後方支援の計画や立案、運用の責任者として活躍します。特に軍事に必要な物流のスペシャリストで、必要なものを必要な時に必要なだけ用意することができます。帝国侵攻作戦での補給計画の立案や運用、イゼルローン要塞の官民合わせて五百万の都市行政などを任された、同盟きっての軍務官僚です。

 この二人の特徴は、一人は口は滅多に開かず、もう一人は毒舌使いですが、自身の仕事を着実に遂行した点です。アイゼナッハとキャゼルヌ、両雄への貢献度に差はあるかもしれませんが、二人の裏方は間違いなく二人を支えていたのだと考えます。

銀河流暗殺の流儀

 艦隊戦に白兵戦、権力闘争に権謀術数と、銀英伝には様々な戦いがあります。国家間抗争もあれば国内内戦、さらには個人的な決闘まで戦いの連続でした。
 その中で弱者の戦術、もしくは貴族の嗜みとして利用されたのが暗殺。中でも作中で最も暗殺の対象となったのが、もちろん移動する大標的ライハルト。姉アンネ―ローゼが後宮に入って以来、軍人から侯爵、皇帝になってもそれぞれの立場と理由で死ぬまで暗殺の危機にみまわれました。

 門閥貴族とその部下、元皇帝の寵姫、地球教徒、共和主義者、個人的な恨みを持つ者と、彼を標的にした暗殺は繰り返し行われました。ですがラインハルトは、何度襲われても死にかけても気にしません。キルヒアイスがいた時は二人で、彼の死後も皇帝になっても警備は少なく、一人で行動する時すらありました。
 幼年学校の入学当初から周囲が敵ばかりで「狙われるのが当たり前」だったラインハルトは、地位を得た時点で麻痺していたのかもしれません。もちろん矜持もあり、怖くて警備の兵を増やす命令や恐れて隠れて行動するなんて、死んでもできない心情があるかもしれません。

 暗殺といえば、同盟の最重要人物ヤンもまた経験者です。同盟のクーデター側や退役後に同盟政府、そして地球教と三勢力から暗殺(未遂)を受けました。皮肉なのは「テロ(暗殺)で歴史は動かない」と語っていたヤンの個人史は暗殺で動いてしまったことでしょうか。

 他にも様々な人物が暗殺の標的となりました。

 門閥貴族の権威に逆らったミッターマイヤーは、拷問の上で銃撃される寸前でした。地球侵攻と教徒掃討を命じられたワーレンは艦橋まで入り込んだ地球教徒の下士官に襲われて九死に一生を得ています。フェザーンで爆殺されたシルヴァーベルヒと助かったオーベルシュタインとルッツ、皇妃となり懐妊したヒルダもまた柊館で襲撃を受けています。

 同盟ではクーデター時にクブルスリー大将や同盟が消滅する直前のレベロ議長が対象となりました。

 こうしてみると動乱の時代であっただけに、フェザーンや地球教徒だけでなく様々な勢力が暗殺を利用したことが判ります。

 ラインハルトを暗殺しようとした者は下記となります。なお全て未遂ですが、実行したのは(失敗)、実行前や計画のみは(未遂)とします。

  • 惑星カプチェランカの基地司令官のヘルダー大佐と部下(失敗)

  • 第5次イゼルローン攻防戦での憲兵隊のクルムバッハ少佐(失敗)
  • リップシュタット戦役でのシュトライトやフェルナー(未遂)、アンスバッハ准将(失敗)

  • 皇帝即位直後に邸宅に招いたキュンメル男爵(失敗)

  • 大親征でハイネセンに降り立った時の共和主義者(未遂)

  • ロイエンタール謀反の発端となったウルヴァシーでの帝国軍人(失敗)
  • ヴェスターラントの犠牲者の遺族(未遂)

  • フェザーン仮皇宮を襲撃した地球教徒(失敗)

 これ以外にアンネローゼやヒルダの暗殺未遂、部下達の暗殺(未遂)事件があったラインハルト。これで即位後も平気で一人で行動した逸話があるとか、後世の歴史家が影武者を用いたと主張するのも判る気がします。宇宙戦艦の装甲並みの面の皮の厚さか、死に対して仙人並みの達観でもなければありえない逸話です。

 結局、明確に成功した暗殺はヤンだけのような気がします。一方で余波(巻き込まれ)で死んだのがキルヒアイス、シルヴァーベルヒ、ルッツ、オーベルシュタイン。どちらにしても彼らの死は、歴史に影響があったのは間違いありません。

 最後にレベロ議長とトリューニヒト元議長。二人とも同陣営の軍人の都合または感情によって殺されました。自身に責任の一端があるのも事実です。それでも死ぬべきかと問われれば疑問になる二人。一人はそこまで罪が重いのか。もう一人はそこまでの行為だったのか。
 政治活動も人生も対照的な二人ですが、終わり方だけは似ているのもまた歴史の皮肉であるといえます。

呼吸する軍事博物館-老将ビュコック提督の生き方と死に様について-

 アレクサンドル・ビュコック元帥は軍務歴55年越えといえば作中でも一番長く、主要キャラではメルカッツ提督をも超える戦歴を持ちます。特にメルカッツ提督が貴族出身で士官からスタートしたことを考えれば、二等兵から始まり元帥まで上り詰め、宇宙艦隊司令長官として銀河を二分する軍事勢力の実戦部隊最高職となったのは伝説といっていいでしょう。

 帝国の大親征を迎え撃ったマル・アデッタでの最後の戦いには、ビュコック元帥を同盟軍の象徴として兵が集まったことでも人望はしれます。

 第5艦隊司令官時は数々の戦いに参加して、戦術眼や経験による戦いぶりを見せてます。また帝国侵攻やアムリッツアでは損害を出しながらも第5艦隊を艦隊戦力として維持、脱出時は残存同盟艦隊を纏めて第13艦隊の支援のもとで退却に成功しています。ただしビュコック提督が宇宙艦隊司令長官に就任後は、第5艦隊は登場しておらず戦力が激減したため解体されたと思われます。

(残存戦力七割でその後のイゼルローン駐留艦隊の中核となった第13艦隊の異常性がよくわかります。)

 司令長官就任後はヤンや同盟軍の穏健派と協調しつつ同盟軍の立て直しをはかります。しかし政治的状況の悪さが本来は前線の戦術家であったビュコック提督には厳しく、クーデターや政権の介入、皇帝誘拐事件、フェザーン侵攻などで活躍する場がありません。このあたりは士官学校出ではなく、同期や後輩がいなかったのも影響しているかもしれません。

 ようやくの出番がきたのはフェザーンとイゼルローンの双方を確保された状態での決戦、ランテマリオ星域会戦です。ここで順当な敗北となりますが、帝国軍の投入戦力がほぼ全軍となるほど善戦したため、帝国軍は補給と休息が必要となり進軍を停止させることができました。

 ヤンの各個撃破策もバーミリオン星域会戦も、このランテマリオの善戦があってこそです。

 どこまでも同盟軍は同盟と同盟民のためにあるとの建前を守り、ヨブ・トリューニヒトがミッターマイヤーの降伏勧告を受け入れようとした時も、身体を張って阻止しようとしました。確かに首都星への無差別攻撃を告げられては選択肢はないものの、最高議長の考えが保身であり、幼帝を受けれた責任など考えていないのはその後の身の振り方でも明らかです。

 引退後は余生を家族と過ごすものの、大親征で再び軍務について同盟軍と自身の最後の戦いに向かいます。マル・アデッタでは兵力差は4倍、質量ともに圧倒的な帝国を翻弄しますが全軍の八割の損害をだして力尽きます。

 この戦いの意義は様々な解釈がありますが、ビュコック提督は若い者(74歳のビュコック提督の指揮下の将兵は全員年下)を巻き込むことを悔やむ発言をしております。一方でこの戦いが必要であることも知っているため将兵200万人以上を率いて戦いに臨みました。最後は撤退する味方の殿を務め、降伏勧告を拒否、旗艦リオグランデに集中砲火を浴びてチュン総参謀長、エマーソン艦長とともに戦死しました。

 この時にビュコック提督はラインハルトに一方的ですが拒否する理由を伝えています。一つは礼儀としてもう一つは撤退する味方の時間を少しでも稼ぐため。旗艦から退艦する乗員の離脱の時間もあったでしょう。しかし言葉は本心です。

「民主主義とは対等な友人をつくるための思想

 ビュコック提督は命を賭けて守ろうとしたものが何かを伝えます。ラインハルトは態度ほど言葉には感銘を受けなかったと自答しますが、そこでキルヒアイスを思い出すあたり思いっきり刺さっているのが判ります。ロイエンタールが砲撃の許可を求める視線を受けてようやく意識を戻したのですから。

 共和制国家の軍人として戦い続けた老将は、最後まで節をまげずに戦いの中で死にました。ラインハルトをして「新雪」とまで例えられた生き方と死に様は、万人に真似できるものではありません。ただ敬意を表す対象として記憶すべきでしょう。

カール・グスタフ・ケンプに関する誤解

 カール・グスタフ・ケンプ提督は撃墜王で名をはせ、その後は戦艦の艦長になり大佐、ラインハルト元帥府開設時に中将で艦隊提督として名を連ねます。若手が多い元帥府ではケンプは年長者ですが、30代の提督なので十分優秀で若手の将官です。ラインハルトが招いたのも納得です。

 戦歴としてはまず同盟の帝国侵攻作戦でヤンの第13艦隊との戦いがあります。一時的な劣勢を悟り艦隊を退いてヤンを逃がします。ここだけ聞くと能力を疑われますが、ヤンは敵の来襲を予想した上で適した戦術を用意していました。半月陣を用いて左右に振り子のように移動して、敵の攻勢をかわすとともに相手の両翼に砲火を集中して出血を強いる方法です。
 この時ケンプは事態を重くみて、損害覚悟で後退を命令します。戦術眼がある証拠です。ただ相手のヤンは局地的な勝利よりも帰還を優先して逃げ出します。ケンプは後退による誘い出し、つまり罠だと結論付けますがここに戦略眼の不足が垣間見えます。

 この後、アムリッツア星域会戦、リップシュタット戦役と戦い続け、大将への昇進を果たしますが、僚友で競争相手でもあるミッターマイヤーとロイエンタールが上級大将となったため、後日の功を逸る状況が生み出されます。それでも大将の中では筆頭として扱われているので待遇は悪くないのですが。

 そして運命の第8次イゼルローン攻略戦。ここでケンプは戦場の雄として移動要塞とミュラーを率いて戦います。

 計画の段階からケンプは総指揮をとり、ガイエスブルク要塞の移動要塞化とワープ試験の成功はケンプの功績です。組織の責任者として十分認められるものです。

 作戦開始後はイゼルローン要塞の前面2光秒の位置にガイエスブルク要塞を到着させることにも成功します。当然この位置は総司令官のケンプが決定したもので、敵要塞砲の射程圏内(=自要塞の射程圏内)に陣を構える豪胆さはなかなかのものです。

 また敵前面での展開する効果は、威圧だけに留まりません。

 まずは敵要塞の制宙領域を著しく狭めることに成功します。これで敵の安全圏は無くなり艦隊どころか輸送艦1隻動かすだけでも敵を警戒する必要があります。

 次に有効射程距離5.7光秒の要塞主砲トールハンマーの脅威の半減化です。主砲の射程圏内は攻撃側艦隊にとっては危険領域であり、要塞守備側にはこの距離が要塞への接近を阻む安全圏でした。それが2光秒の位置に要塞を置くことで攻撃側は、これまでの半分以下の時間で要塞に接することができます。事実、ミュラー艦隊は味方要塞をカモフラージュに2度もイゼルローン要塞に肉薄します。最初は陸戦隊を送り込み要塞内進入に成功、2度目はミサイル攻撃で外壁に損傷を与えています。ガイエスブルク要塞から行われている通信妨害や探知妨害も、2光秒の位置取りでより高い効果を上げることができます。

 あとは攻略拠点があることで、通常の戦場であれば後方に下がり補助艦艇の順番待ちとなる艦船の補給や修理、乗員の休息が、安全な要塞の中で効率的にできるメリットがあります。

 この要塞対要塞はハードウェアに頼る嫌いはありますが、イゼルローン要塞に対抗するための優良な手段であったことは間違いなく、指揮したケンプが凡庸であるはずがありません。

 惜しむらくは相手がヤンという変態魔術師であった点です。

 ケンプが要塞に要塞を牽制させて回廊の突破を図る策は好手といえます。実際に帝国遠征と内戦の痛手から回復できていない同盟に、回廊を抜かれた場合に対抗する十分戦力が無いのは事実です。同盟が何とか準備してヤンとともに送った救援部隊は、複数の部隊で構成された混成艦隊で、戦力的に十分と言えないのもそれを証明しています。

 しかしヤンは数的劣勢の艦隊で、回廊の特性を利用して帝国軍を包囲します。これはその場での思いつきではなく、イゼルローン要塞兼駐留艦隊司令官となって以降、フィッシャー提督らと珍しく頑張って協議を重ねて構築した陣形案を利用したと考えられます。

 もっともヤンはアスターテのように、即興で敵の中央突破を逆手に取った側面前進後背展開の計画を立案できるので、断言できないのですが。

 ヤンの計画通りイゼルローン駐留艦隊も来援して、ケンプは回廊突破も失敗します。この時の残存戦力は5割程度でしょうか。

 最後に至りケンプは要塞の突撃による要塞破壊を思い至ります。ヤンはこれをまともな軍人が取る戦法でなないと考えますが、ともかくケンプは実行します。

 その結果は爆散です。

 ケンプは過去の対戦通り一旦後退すべきかというとそこは疑問です。ガイエスブルク要塞を引き続き攻略拠点として使い、イゼルローン要塞の防御拠点としての地位を低下させる役割は大きいです。

 同盟にとって最悪は、帝国が新たな艦隊を準備した上で、ガイエスブルク要塞が相打ちを狙いで要塞砲によりイゼルローン要塞にダメージを与えて半壊させ、艦隊による攻略という流れでしょうか。

 功を焦った。この時のケンプの本当の失敗はこれに尽きるのでは無いでしょうか。ライハルトの野心が銀河統一なら一時的に閑職に回されても、再登場の機会はあるかもしれなかったのですから。

 能力は十分にあったが、戦場に対しても自分の人生に対しても柔軟性が少し欠けていた。これがケンプ提督への評価となります。なお「勝利以外は無価値だ」というのと「敗北者は無能だ」とは違います。彼が大多数の人物よりも有能であったことは間違いないのですから。