ヤン・ウェンリーのトリックは二度使われる。

 魔術師ヤン・ウェンリーは生涯で数々のトリックを使いましたが、2度使われている事が多いです。一流は成功した方法にはこだわらず、二流は成功した手を再び用いて、三流は他人の成功を模倣します。ヤンは戦術に関しては一流のはずで、では2度使っているとはどういう意味なのか。

 彼が初めて使用した奇跡はエル・ファシルで民間人の乗った輸送船を脱出させる際に用いた「戦場でレーダーに映るのは自然物」という心理を突いて、レーダー透過装置を使わずに星系から離脱した方法です。この時ヤンは士官学校出身ですから「戦場でのレーダーの性能限界」は知っており「敵がレーダーに明確に映ることは無い」という前提も理解してました。だからこその作戦だったわけです。

 そしてヴァーミリオン。ラインハルトの機動縦深防御に阻まれたヤンは、小惑星帯から手ごろな隕石で艦隊を偽装します。この時も3光秒近くも離れれば、敵は明確に艦艇と隕石とを判別することが難しいと理解しての作戦です。ラインハルトが陣形を崩したことでヤンの本隊が突撃する流れになりました。では陣形を崩さなければ?簡単な話で動かぬ帝国軍がいる宙域に8千個の隕石を打ち込むだけです。実際に囮部隊と気が付いた後の帝国軍は、反転中に隕石を打ち込まれて被害を受けています。帝国軍が迎撃もしくは散開して陣形を崩せば、同じ目的は果たせますから。

 最初は人工物を自然物と思わせ、次は自然物を人工物と思わせる2度おいしいトリックでした。

 またイゼルローン要塞攻略戦では2度とも欺瞞情報で敵を誘き出して占領しました。初回は救援を求めて艦隊を誘い出した上で、報告を携えてきたという嘘の情報で要塞の占拠に成功します。2回目は初回と同じ作戦だと敵に思わせて、逆に計略を考えさせます。つまりヤンが初回と同じ行動をとると勘違いさせました。ルッツ艦隊は前任者の轍を踏んで要塞を離れてしまいます。なお要塞を無力化する方法が初回は敵司令官の確保で2回目がシステムダウンと、本来なら攻められないはずのポイントが落とされたのも同じです。

 ヤンは要塞からの艦隊を誘引して落とした事実を利用して、帝国軍にもう一度同じ手を使うと誤った気付きを与えるトリックを用いたのです。

 他にはラグナロックではヤンと戦いたいラインハルトの心理を利用して敵艦隊の分散に成功しました。回廊の戦いでも同じくラインハルトをイゼルローン回廊まで誘い出しますが、今度は大軍を集中させて身動きを取り辛くするという方法で有利な戦場を造りだしました。なおヤンはバーミリオンの前哨戦でシュタインメッツ・レンネンカンプ・ワーレン艦隊を、回廊の戦いの前哨戦でファーレンハイト・ビッテンフェルト艦隊をそれぞれ倒してラインハルトの自尊心に一撃を加えて、彼を後には退けなくしています。

 なお帝国軍は一度ラインハルトを単独にして懲りているので、次の対峙ではブリュンヒルトの周囲を大軍で覆ってしまい、これが回廊の戦いの損失に繋がってしまいました。

 

 同じことを2度する(される)と、大抵の人は最初の結果を想像してしまい逆に選択肢を狭めてしまうのかもしれません。これこそが相手の心理を操り、奇跡を生み出してきたヤンのトリックではないでしょうか。