トリューニヒト氏の流儀「生き残った者が勝者」(死んだけど)

 「喋れなくなったトリューニヒトはトリューニヒトではない。」

 哲学の一節のような表現をされる、銀英伝で最も好感度の低い主要人物であるヨブ・トリューニヒト。劇中で大きな裏切り行為を繰り返しながら保身に長けていたため、物語の後半まで登場を続けました。

 トリューニヒトは徹頭徹尾、自分のために活動しておりました。それは序盤で示されており、ジェシカの「あなたはいま、どこにいます?」の一言に反論できずに、嫌がらせでヤン宅へ憂国騎士団を繰り出す行為で知ることができます。

 仲間内(手下)との会議でも尊大さと野心を持つ人物と判ります。

 しかし彼が裏切るまで彼の本性を同盟市民は気が付かず、彼を同盟のトップとして支持し期待していました。公式に彼の仮面が剥がれたのは帝国軍の侵攻で首都星ハイネセンが包囲された時です。自分の一命は守られると知るや直ぐに降伏を選択します。この時、彼は理由を「無差別攻撃を避けるため」としましが、もしヒルダ嬢のラインハルトの名で命を保証するという担保がなければ、市民に被害がでても平然と徹底抗戦を命じたかもしれません。

 読者も同盟市民も「ここまでとは」と思わせるほどの自己保身の塊です。

 同盟を帝国に売り渡した後は帝国に移り住みますが、安全と私財保証されたトリューニヒトは帝国でも政治活動を始めます。それも民主主義の運動ではなく、無原則な行動力と豊富な資金力での猟官活動で帝国に仕える活動です。おまけに彼の得意技である裏切りを帝国でも発揮します。

 キュンメル事件でケスラーに皇帝暗殺計画を伝えて地球教団を裏切ります。教団と組んでいたのは本意ではなく、密告も帝国臣民として当たり前という態度を取りました。教団支部への憲兵隊突入により多数の死傷者が発生しますが、気にした描写はありませんでした。

 もっともトリューニヒトにとっては裏切りに対する報復を避けるため支部が壊滅してくれなくては困る、という利害の問題もあったのでしょう。

 その後、ライハルトの失態もあり見事に官職を得ます。それも新領土総督府高等参事官という、裏切った祖国を支配する立場でハイネセンに戻りました。既にヤン、ビュコック、レベロと彼を嫌い敵対した人間は死んでおり、彼が旧同盟人で最も高い地位を持つ人物になってました。

 その彼がイラっとしたロイエンタールに殺されることになるとは意外でした。それもトリューニヒトが絶対に理解できない理由でです。作中にもある通り、このような人物を退場させるには、残念ではありますが一個人の暴力しかなかったのでしょう。

 あとでユリアンが驚愕した通り、トリューニヒトは帝国に議会を導入しようと企んでおりました。同盟では扇動政治家でありながら最高評議会議長まで上り詰めた彼です。銀河が統一されたのちは安定の時代、つまり軍事や軍人よりも行政や官僚の時代がくると読んだのでしょうか。成功する可能性があったとの記載から、本来は知性あるタイプで自己中心的な性格でなければ、と思いつつもそれはトリューニヒトではないので複雑な感じです。

 勝者になりえなかったトリューニヒトですが、彼の流儀は乱世に生きのびる一つの方法として語り継がれることになるでしょう。まねできるかどうかは別にして。