銀河英雄伝説の経典(メディア)における差異について

 銀河英雄伝説は様々な方法(媒体)で今でも語られている(マルチメディア展開)のが特徴です。

 まず第一に原典である新書及び文庫化された小説版(原作)。版によって一部修正されてますがこれが基本となります。

 次にウィークリーOVAとして1988年から2000年にリリースされたアニメ版(旧アニメ)と同じ監督の劇場版アニメ。

 同じアニメで2018年から始まったDie Neue These(新アニメ)は、脚本や演出に大幅な変更があり新たな銀英伝としての立ち位置です。

 漫画版は道原かつみ氏のもの(道原版)と、藤崎竜氏のもの(藤崎版)があり、それぞれオリジナルのアレンジがされています。

 

 まず旧アニメですが、一部エピソードの時系列変更はありましたが、原作の流れはそのままに、また登場人物のセリフもほぼそのままでした。特筆すべきはクラッシク音楽を多用することで原作の雰囲気をより醸し出すことに成功しました。

 また戦闘描写を映像化することで、それまで各位の想像力にまかせていた作戦内容や戦闘状況をリアルに把握することがきます。艦隊戦の推移を視覚化した功績は大きいです。

 

 同じアニメでもDie Neue Theseは、艦隊戦がそれまでの整然とした艦列ではなく、艦種を統一せずに展開、艦艇同士はシステムリンクされている設定です。特に艦隊突撃時の混戦やすれ違いざまの砲撃の応酬などがダイナミズムな表現をされています。

 また各登場人物が時代に合わせてか若めで表現されていたりします。そのほかに旧アニメがナレーションにより地の文の想いや考えを表現したのに対して、新アニメは各人物が直接口にします。

美しいフルCGの艦艇、要塞による戦闘映像は十分に楽しめるものです。

 

 漫画においては道原版は一部の変更(ルビンスカヤやアルテミスの首飾りの流出等)はありますが、本筋を基本としています。「野暮ったさ」を持つ旧アニメとは異なり、原作をSFチックに表現した作品で、話もテンポよく進みます。

 1986年漫画原作の外伝「黄金の翼」から始まり、その後の1988年開始の本編は原作2巻までで休載、その後の原作4巻までで未完となっております。

 

 原作準拠と大胆なアレンジとなったのが藤崎版です。ラインハルトの幼少期から幼年学校を経て卒業までをオリジナルで、初陣からは外伝とそのアレンジで描き進めました。本編でもオリジナルエピソードや改変を入れつつ、2015年から始まった連載は、既に原作8巻分まで進んでいます。

 艦艇や要塞の基本デザインは旧アニメを踏襲していますが、要塞指令室や武器、コクピットデザインなどは藤崎氏の感性で描かれております。

 

簡単にまとめるとこんな感じでしょうか。

媒体    忠実度 ビジュアル ボリューム       方向性

旧アニメ  高   普通    本編110話外伝52話    原作をアニメ再現
新アニメ  低   CG美      作成中(原作4巻48話)  新たな解釈とCG
道原版   中   あっさり  本編15巻外伝1巻(休載) 原作をSF感で表現
藤崎版   低   美     連載中(既刊29巻)   フジリュー

 

このほかにオーディオブックや舞台もあり、全て網羅できている人はいるのか?(いるでしょうが)というぐらいの広がりがあります。

どれから入るかは人それぞれ。一気見もつまみ食いも楽しみ方があるので、まだの方はぜひ試してみてください。

老兵達の引き際、静かに消え去った二人の元帥

帝国のベテランといえばメルカッツ提督、同盟の宿将といえばビュコック提督ですが、この二人とは違った意味での老将がいます。

一人はラインハルトの前の代の帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥、もう一人は同盟軍参謀本部本部長のシドニー・シトレ元帥です。

 

ミュッケンベルガー元帥はラインハルトが軍に入ったときからその地位にいた高級軍人で、伯爵の地位をもつ貴族でもあります。

軍歴も長く経験も豊富ですが、何よりラインハルトの台頭に対して最初は寵姫の弟、ある程度で将器を認め、最後は大人しく勇退し地位を明け渡しました。その後の帝国の内乱には加わわらず、帝国の武官の本分を全うしての退場でした。
リップシュタット連合に参加せずにいたため、新王朝でもミュッケンベルガー家は存続したでしょうから、家名は守り切ったと考えられます。

ラインハルトは彼を無能扱いしていました。意義も意味も見いだせない戦いを繰り返し、同盟を制圧できなかったのですから。

一方で司令長官としての職責に耐えられる能力はあったはずで、軍務尚書や統帥本部総長らとともに帝国軍三長官として軍を支えていたのです。

 

シトレ元帥は士官学校出のエリートですが、能力があり視野も広く、軍事力を道具として、戦争を外交の一環として捉えることができる優秀な人物でした。
引責退役後は故郷で農家となり影響力や政治力を行使せずにいました。唯一、同盟でのクーデータ事件で鎮圧に回ったヤンを支持する声明を発表したぐらいです。

もしラグナロック作戦時に本部長として軍に留まっていたのなら、その前に同盟侵攻などなければ、とIFを考えてしまいます。

一方で政府の問題は深刻な状況であったことは変らず、失脚か逆に政界に討ってでるかの選択を迫られたかもしれません。

 

二人とも自分の役割を終えると完全に引退しまい、ミュッケンベルガー元帥は物語から消え、シトレ元帥も時折顔を見せるものの、主要人物ではありませんでした。

最後まで戦い、戦死したメルカッツ提督やビュコック提督とは違う、「老兵は死なず、消え去るのみ」を体現した二人でした。

国力で見る帝国と同盟(あとフェザーン)

敵対する銀河帝国自由惑星同盟の国力を比較すると下記となります。

  • 人口 帝国 250億 対 同盟 130億 (フェザーン 20億)
  • 国力 帝国 48 同盟 40 (フェザーン 12) 合計を100として換算
  • 国家予算 帝国 不明 対 同盟3兆7,000億ディナール

帝国は人民を搾取する非効率的国家であるため、経済成長を促す要因が少なく停滞しています。

同盟は成長基盤はあるものの、帝国との150年に及ぶ戦争で様々な資源を消費して停滞。一方で身分制度のない同盟は人材の集積という意味では帝国よりも優位です。社会の効率化や富の再分配のおかげで、人口差ほど経済力に差が無かったと推察されます。

フェザーンは両方の富を上手く掠め取ることで成長の結果です。人口20億で上記の国力は、一人当たりの経済力はずば抜けております。ただ経済的盛況も帝国同盟の唯一の交易路の中継点に位置するという特殊性にありました。

 

軍事に絞ると下記となります。

  • 艦隊 帝国 18個艦隊 対 同盟 12個艦隊 各宇宙艦隊司令部配下の艦隊
  • 総兵力 帝国 最低でも7,500万 対 同盟 5,000万
  • 軍事予算 帝国 不明 対 同盟 1兆8,000億ディナール

帝国は宇宙艦隊18個艦隊に加えて貴族の私兵がおり、リップシュタット同盟軍は艦艇15万、総兵力2,560万とあったので、総兵力数で同盟は不利でした。

同盟は戦時体制国家のため、社会のリソースを防衛戦力に注ぐことで人口の差を補っています。反面末期は軍に人が取られ過ぎて社会基盤がぜい弱となりました。

フェザーンは経済に全振りしているため武力は0。奇襲とはいえミッターマイヤーの1個艦隊2万で簡単に占領され、その後は帝国に飲み込まれてしまいました。

 

他の軍事指標として下記がありますが、情報は豊かではありません。

  • 要塞 帝国 最低4基 対 同盟 無し(大型迎撃衛星12基-アルテミスの首飾り)
  • 軍事基地 帝国 総数不明 対 同盟 総数不明(補給基地は84ヶ所)
  • その他宇宙空間戦闘力 帝国 合計10万隻 対 同盟 合計3.5万隻

帝国は身分制度がある集権国家で抑圧の機構としての軍隊を持つため、要塞等の建造は一部の意思決定により可能で、支配目的にも合致します。そのためイゼルローン要塞を筆頭に複数の要塞を保有しています。

同盟がアルテミスの首飾り以外に強力な軍事ハードウェアを持たなかったのは、莫大な費用がかかる星系軌道上の軍事要塞の建設は、民意が許さなかったと考えられます。

なおその他の戦闘力は主力艦隊に含まれない小艦隊、星系警備隊の艦艇の総数です。

 

その他に保有星系数や星系単位の経済力、民間企業の規模などが判れば良いのですが情報がありません。

人口が判明している可住惑星は下記のとおりです。

帝国領

同盟領

  • バーラト星系 首都星 ハイネセン 人口10億人
  • 惑星エル・ファシル 人口300万人
  • ガンダルヴァ星域 惑星ウルヴァシー 人口10万人

フェザーン

登場する企業は更に少ないです。

帝国

  • 企業名無し ただしホテルやビール会社がフェザーン資本である描写あり
  • 経済活動 帝国の事業にフェザーンのダミー会社が資本参加している

同盟

  • ランタクルス・ライン社 同盟最大級の恒星間輸送企業
  • 国営投資会社 文字通り国営の投資会社

フェザーン

 

帝国と同盟は150年間戦いで、繰り返し帝国から同盟への侵攻が行われました。イゼルローン要塞ができてからは戦略目標として同盟側から攻略を目指しました。

一回の会戦や攻略戦で、数万隻の艦艇が破壊され百万単位で戦死者がでる。それも軍は青年・壮年層の男性が兵役の対象となるため、社会的損失は大きく、双方の国の発展を阻害したと考えられます。

 

僅かな情報ですが、国力についてまとめてみました。

セリフで語る銀英伝-使ってみたい編-

名台詞もあれば迷台詞もあるのが銀河英雄伝説ですが、日々の生活に使えるかは別にして、言ってみたいものもあれば機会があれば使いたいものもあります。

 

策士で陰謀家のルビンスキー。どんなに痛い所を突かれても余裕をもって答えるのが大物感を醸し出します。

「私に関してはその通り」

実際に言ったわけではないが、謀略の犯人とされた際に彼ならこう答えるだろうとの指摘で。

「人間は自分よりレベルの低い人間は理解できる」

愛人のドミニクに皮肉交じりの指摘を受けて。

 

皮肉屋でキザが似合う男シェーンコップは、常に余裕を持ちで戦闘でも口でも負けなしの男です。

「何も悪いことした事ないやつに30歳になって欲しくないね」

アッテンボロー提督が30歳を迎えようとした年に、シェーンコップを引合いに出して不条理だと文句を言った時に。

「安んじておまかせあれ」

第10次イゼルローン要塞攻防戦でメルカッツから要塞攻略の実戦指揮を命じられた余裕の敬礼時に。

 

褒める時は大きな声で、悪口を言う時はより大きな声でが家訓のビッテンフェルト。

「口は重宝だな。親を売るのも友人を裏切るのも、理由をつけようはあるものだ」

フェザーン弁務官ボルテックが帝国に与すると判った時に。

「奴と同行して天上に行くことにでもなったら、おれは奴をワルキューレの車から突き落としてやるからな」

軍務尚書オーベルシュタイン元帥に同行してハイネセンに降り立った時に、前を歩く本人に向かって。

 

他の提督の個性と比べると少し地味でも有能なルッツ。結構大胆な発言もありやはり若くして艦隊提督、上級大将にまでなった男です。

あのオーベルシュタインよりはやく死んでたまるか。おれは奴の葬儀のときに、心にもない弔事を読んで心の中で舌を出してやる

爆破事件で無事だったルッツが病院で見舞いに来たワーレンに語った時に。

「せっかくの機会だぞ。ローエングラム王朝の上級大将が、どのような死にかたをするか、卿らが死ぬにせよ、生き残るにせよ、見とどけていったらどうだ?」

惑星ウルヴァシーで皇帝襲撃犯達に囲まれ銃撃戦を展開しながら彼らに放った言葉。

 

有能すぎる軍務官僚のキャゼルヌは、皮肉な口調が特徴で毒舌を吐きます。

「あの男の下品な煽動演説を長々と拝聴しなければならないのは、徹夜以上の苦痛だが」

アスター戦没者慰霊祭での同盟政府最高評議会議長の演説を揶揄して。

「独身生活10年でさとりえぬことが、一週間の結婚生活でさとれるものさ。よき哲学者の誕生を期待しよう」

後輩であり元上官で戦友のヤンの結婚式で毒舌ぞろいのメンバー達と唱和して。

 

なお、これ全部を使うと、友人を無くすか性格破綻者と間違われるので用法はよく考えて正しくお使いください。

 

ヤン・ウェンリーの評価(帝国編)

 ヤン・ウェンリーという人物は、大きな業績と比較して個人レベルではそれに合わない外見(容姿、言動、雰囲気)であり、更には内面は二律背反(戦争嫌いで戦争を評価しない、に関わらず戦争が得意で最大の成果を上げている等)を常に抱えた「矛盾の人」でした。
 このため評価は様々ですが、公然の敵であった帝国側はある方面で一致します。

 「ラインハルトに匹敵する軍事才能」の持ち主です。

 ヤンを倒すことが最大の武勲であり、対峙する帝国の提督達は彼への称賛を惜しみません。一方で下記の三人は上記のプラスした評価があります。

・ラインハルト 面白い人物、自分の強敵、常に意識、戦いたい、断られても麾下に加えたい

ヒルダ 政略や戦略では行動範囲が明確で対応が可能、ただし戦術レベルでは知略の底が見えず恐怖の対象

・オーベルシュタイン 屈しない、媚びない、同盟の求心的存在

 三人ともそれぞれの立場でヤンを評価しています。

 オーベルシュタインは、ラインハルトに「ヤンは陛下の臣下にならない」と明言しているので、思考の過程は判りませんが、正確にヤンの性格を捉えています。同時に臣下となればロイエンタールやミッターマイヤーを凌駕してナンバー2になる可能性があるとまで評価しています。
 自分の手に余るとまで考えているのであれば、ヤンを処分する案を献策したのも納得できます。

 ヒルダは、これまでの行動からヤンの行動原理を把握しています。特に巨大な武勲とそれに憮然と眺める彼の姿などは、ほぼ正鵠を得ています。同時に自分が計りきれない戦術家としてのヤンについては恐れがありました。いたずらに軍事力を用いるべきでないとの考えと合わせて、ラインハルトに戦うべきでないとも進言しています。

 ラインハルトになるとより複雑です。姉と我が友以外に唯一こだわる対象。常に意識している存在。戦いたくもあり、仲間にしたくもあるライバル。なおヤンの死後、急に倒れることが増え、衰弱死、最後には死に至ります。

 ヤンがもし自分の評価を個別に聞いていったら、どれもこれも過大評価だと頭を描いて溜息をつくでしょう、「やれやれ」と。
 あとメックリンガー提督は学者肌芸術家であることから、少しだけ違った評価をしています。

ヤン・ウェンリーの偉大さは彼の予測範囲内においてのみ、敵に行動あるいは選択させる」

 つまりヤンは舞台監督で、彼の脚本で帝国の提督達が部隊の上で踊らされるのだと。芸術提督らしい表現であるとともに、イゼルローン要塞攻略や帝国の同盟侵攻作戦での連戦、そして回廊の戦いなどヤンが能動的に動いた戦いで見せたトリックの根底を的確に言い表してます。

 生前は同盟軍=ヤン、死後は共和制の象徴と帝国軍から最高の評価を得た男は、自分を評してこう言いました。

「我ながらだいそれたことをしているよ」

 誰よりもヤンを評価したラインハルトと配下の提督達。ヤン個人がほぼ語り合うことの無かった人々ですが、戦場で戦うことがある意味で、交流であったのかもしれません。

帝国歴489年の潔癖為政者の悪辣謀略について-皇帝誘拐事件-

 野心家でありながら清廉潔白で民衆に優しい独裁者ラインハルト。当然ながらそんなお題目は脚色で、彼の手は流血と陰謀で赤黒く染まっています。

 宇宙歴798年。帝国とフェザーンの共同作業である皇帝誘拐事件が実行されました。同盟への開戦の理由を作るための謀略で、誘拐犯の仲間である自由惑星同盟最高評議会議長の声明直後に、宣戦布告する用意周到ぶり。

 元はフェザーンからの提案とはいえ、ラインハルトはあっさりと乗っかることを選択します。策謀家のフェザーンの黒狐と手を組むのですから、ラインハルトもこの時点で十分黒いです。
 なお主導権を握ろうとしたフェザーンに対しては、「3勢力のうち2勢力が組むとき、必ずフェザーンが組む側だと思うなよ」と釘をさします。
 ついでフェザーンが実行犯を消すことを懸念してオーベルシュタインに監視ともしもの時の対応を命じます。もちろん利用するためで人道主義ではありません。
 さらには元帝国副宰相ゲルラッハもついでに、皇帝誘拐の共謀容疑で処断してしまいます。
 あと帝宮の警備責任者モルト中将を自死に追い込んでます。

 もう前段で真っ黒黒です。

 擁護するなら、ラインハルトは為政者としては信義を重んじる態度であり、大義名分が無ければ同盟に攻め込んだりは・・・あっ、その前にガイエスブルク要塞を送り込んでますね。

 そういえば、組んだはずのフェザーンは騙して、奇襲で占領して自国に組み込みましたね。ボルテックがルビンスキーを裏切ったとはいえ、これも悪辣です。

 えー、もう完全に帝国の悪の征服者です。

 それにしても同盟側は梯子を外された被害者ですが、一方で帝国の反動勢力であり人民を500年近くにわたり抑圧していた皇帝と貴族達と手を組む行為はまさしく悪役。

 人類史は「少数の善人と、それ以外の多くの悪人達で成り立っている」と感じさせる一幕でした。ちなみにこの件はラインハルト自身が中心となって計画を進めており、オーベルシュタインよりもラインハルトのほうがよっぽど黒かったです。

 

 互いに正義を名乗る悪同士の戦いの始まりとなった皇帝誘拐事件。続く侵攻作戦「ラグナロック」のきっかけで地味な面はありますが、二ヶ国の滅亡と銀河の統一に至る、まさしく歴史が動いた瞬間でした。

第9次イゼルローン要塞攻防戦に置ける同盟と帝国の駆け引き

 ロイエンタールとヤンが相対した第9次イゼルローン要塞攻防戦は、帝国のラグナロック作戦の一環として行われました。帝国はフェザーン方面への主力の侵攻をカモフラージュするため、陽動ではありますがイゼルローン方面に三万以上の大兵力を投入しました。この方面の総司令官がロイエンタールです。

 三個艦隊の兵力による包囲攻撃により、ヤンがロイエンタールの相手で手一杯となる一方で、フェザーン方面の先陣となったミッターマイヤーがフェザーンを落とした時点で、戦略的な勝負はついてしまいました。

 この主戦場ではない戦いが重要かつ興味深いのは、お互いに相手の戦略目的を理解(帝国はヤンをイゼルローンに足止めする、ヤンは艦隊を温存してイゼルローンから主戦場に向かいたい)しつつ、戦術面では知略の限りを尽くす二人の名将の戦いにあります。

 最初の注目は帝国側の初回攻撃です。

 ロイエンタールは「派手にやるのも作戦の内」の示威行動だと思わせつつ、艦隊の一部を動かしてヤン艦隊を要塞から誘い出します。誘い出されたヤン艦隊が要塞砲の射程範囲で態勢を整える前に、突進して混戦状態をつくりだしました。

 第5次イゼルローン要塞攻防戦で同盟が使用した並行追撃戦法と同様に、要塞からの攻撃を封じた帝国軍。初手でこれとは予想できず、ヤンはしてやられます。ヤンは総旗艦を囮にしてロイエンタールを前線に誘い出し、強襲揚陸艦で奇襲して白兵戦に持ち込む奇策を用いました。帝国軍の後退を促すに留まりましたが、同盟軍は危機は脱します。

 続いて帝国軍は少数の高機動集団による強襲を用います。二千隻の損害もありましたが、要塞にも確実に損害を与えます。これも単なる力押しではなく、帝国から増援を呼び寄せる(欺瞞)ための演出としての意味がありました。

 実際にイゼルローン方面への援護として出征したミッターマイヤーが、フェザーンを奇襲して無血占領に近い成功を収めました。

 なおフェザーン陥落後も要塞に対する攻撃は繰り返されます。

 年明けにはロイエンタールは、包囲網を縮めて第8次イゼルローン攻防戦でガイエスブルク要塞が鎮座した60万キロメートルよりも少し遠い目の、80万キロメートル付近に総旗艦を置いて攻撃を続行します。トールハンマーの射程圏内ですが、レーダー透過装置や妨害電波で総旗艦の位置は判りません。その上、要塞主砲の発射時は索敵能力が更に落ちるため、第8次攻防戦のミュラー艦隊のように密かに接近される可能性があり、適当に撃つわけにもいきません。

 それでもトールハンマーの射程圏内で指揮するロイエンタールは豪胆ですが。

 帝国軍からは敵の監視や指揮がしやすい距離、でのルッツの言う「いやがらせ」、またはロイエンタールが訂正した「あらゆる布石を惜しまず」の攻撃は、ヤンを閉口させます。
 ロイエンタールはヤンがイゼルローン要塞を放棄する可能性を予想しつつ、戦術的には要塞への攻撃を強化することで、ヤンを忙殺させて敵の行動(準備)を阻害する行動をとります。

 ヤンは事態の打開のため、アッテンボローの具申を一部修正した作戦を実行しました。結果、レンネンカンプ艦隊に損害を与えて、ようやく要塞離脱への環境を整えることができました。

 無事に離脱をはたしたヤンと一方で民間人を伴う離脱を追撃はしないロイエンタール。勝敗はヤンを釘付けにした上でイゼルローン要塞を奪還したロイエンタールと、目的通り民間人三百万の保護と艦隊の維持を成し遂げたヤンのどちらに軍配が上がるのか。

 それともランテマリオの会戦に間に合わなかったヤンの敗けか、イゼルローン要塞の仕掛けに気が付かなかったロイエンタールの失敗か。

いずれにしても当代の名将同士の要塞攻防戦は、11回に及ぶイゼルローン要塞攻防戦の中で珍しく勝敗が曖昧な戦いであったと考えます。