裏方的な地味な仕事の重要性 補給と後方支援は大事です

 派手な突撃よりも、目立つ逆転劇よりも、威力絶大な要塞砲よりも、目立たぬ補給や後方支援が大事だと語り続けた銀河英雄伝説。補給や後方の問題が戦局に影響を与えるという、ごく当たり前の事象を普通に描いているのも特徴といえます。

 実際にラインハルトもヤンも、相手の補給に負荷をかける作戦を実行しています。仕掛けられた側は補給の問題で大敗したり、戦略を変えさせられており、重要性は明白です。反面、物資の輸送業務は派手な武功よりも地味なためか軽視される点があり、上記で仕掛けられ二人の提督は油断で大失敗を犯しました。

 帝国侵攻作戦で五千万人分の民間人と三千万人の遠征軍の食料や日常品の輸送に失敗した同盟のスコット提督と、帝国のラグナロック作戦で自らかって出た護衛任務に失敗、あっさりと輸送船団を撃破されたゾンバルト少将です。

 前者は占領地とはいえ、帝国領内をたった26隻の艦艇で100隻の輸送船団を率いた提督です。豪胆なのか楽天家なのかと問われれば、考えていないだけ、と皮肉が出そうなぐらい適当な態度で任務に望み、奇襲を受けた時には艦橋におらず部下と遊んでいる徹底ぶり。同盟補給部隊を探していたキルヒアイス艦隊の攻撃を受けてあっさり戦死、艦隊は全滅となりました。

 この時、キルヒアイス艦隊の損害は戦艦1隻が中破、ワルキューレが14機です。詳細は判りませんが、敵に緊急通信の隙を与えぬために、ミサイル攻撃と同時に艦艇を突撃させて完全破壊を狙ったのかもしれません。

 後者は自分を売り込みたいと焦り、不得意であろう任務についてしまいました。240個のコンテナを800隻の巡航艦と護衛艦で守りつつイゼルローンからウルヴァシーに輸送する任務です。
 ミッターマイヤーが自ら志願するほど重要な任務でしたが、ゾンバルト少将には退屈で簡単な仕事に見えたのかもしれません。敵の襲撃を常に警戒して航路の安全を確保して進むべきだったのかもしれませんが、ヤン艦隊に発見され全てのコンテナを破壊されてしまいました。

 この時、兆候を感じたラインハルトは麾下のトゥルナイゼン中将を救援に向かわせています。それほど大事であれば一個艦隊でも動かせば、との意見はありますが、これもまた難しいのでしょう。

 まず第一に目立ちます。一個艦隊規模の大規模な輸送艦隊など捜索網に簡単に引っ掛かってしまいます。また艦隊規模の艦艇数の移動には時間がかかるもので、そこに足の遅い輸送船団を伴っていれば移動は更に遅くなります。小規模な艦艇でかつ目立たぬように移動するスタイルが主流だったのでしょう。

 任務に失敗した両提督は、不運だった面もあります。最初から補給部隊に狙いを定めていたキルヒアイスとヤンが相手ですから。それでも慎重にことを進めるべきであったのは間違いありません。

 大遠征中にやらかした二人。それぞれ戦死と自殺で退場となりました。同盟の帝国侵攻の失敗も、バーミリオンでのライハルトの敗北寸前も彼らだけのせいではありませんが、輸送船団が壊滅が引き金になっています。

 以上の二人は失敗した側ですが、反対に帝国同盟の両方に自らの仕事を成し遂げた者がいます。補給や後方支援のような地味な仕事をやり遂げて地位を得たのは、帝国ではアイゼナッハ提督で、同盟ではキャゼルヌ中将です。

 アイゼナッハ提督は沈黙提督の渾名の通り口を開かず、黙々と後方支援等の地味な仕事をこなします。その結果、あのオーベルシュタインが認めるほどの信頼を得てラインハルトの麾下となり、最終的には元帥職を得ます。

 一方でキャゼルヌ中将は完全な事務方で、補給や後方支援の計画や立案、運用の責任者として活躍します。特に軍事に必要な物流のスペシャリストで、必要なものを必要な時に必要なだけ用意することができます。帝国侵攻作戦での補給計画の立案や運用、イゼルローン要塞の官民合わせて五百万の都市行政などを任された、同盟きっての軍務官僚です。

 この二人の特徴は、一人は口は滅多に開かず、もう一人は毒舌使いですが、自身の仕事を着実に遂行した点です。アイゼナッハとキャゼルヌ、両雄への貢献度に差はあるかもしれませんが、二人の裏方は間違いなく二人を支えていたのだと考えます。

銀河流暗殺の流儀

 艦隊戦に白兵戦、権力闘争に権謀術数と、銀英伝には様々な戦いがあります。国家間抗争もあれば国内内戦、さらには個人的な決闘まで戦いの連続でした。
 その中で弱者の戦術、もしくは貴族の嗜みとして利用されたのが暗殺。中でも作中で最も暗殺の対象となったのが、もちろん移動する大標的ライハルト。姉アンネ―ローゼが後宮に入って以来、軍人から侯爵、皇帝になってもそれぞれの立場と理由で死ぬまで暗殺の危機にみまわれました。

 門閥貴族とその部下、元皇帝の寵姫、地球教徒、共和主義者、個人的な恨みを持つ者と、彼を標的にした暗殺は繰り返し行われました。ですがラインハルトは、何度襲われても死にかけても気にしません。キルヒアイスがいた時は二人で、彼の死後も皇帝になっても警備は少なく、一人で行動する時すらありました。
 幼年学校の入学当初から周囲が敵ばかりで「狙われるのが当たり前」だったラインハルトは、地位を得た時点で麻痺していたのかもしれません。もちろん矜持もあり、怖くて警備の兵を増やす命令や恐れて隠れて行動するなんて、死んでもできない心情があるかもしれません。

 暗殺といえば、同盟の最重要人物ヤンもまた経験者です。同盟のクーデター側や退役後に同盟政府、そして地球教と三勢力から暗殺(未遂)を受けました。皮肉なのは「テロ(暗殺)で歴史は動かない」と語っていたヤンの個人史は暗殺で動いてしまったことでしょうか。

 他にも様々な人物が暗殺の標的となりました。

 門閥貴族の権威に逆らったミッターマイヤーは、拷問の上で銃撃される寸前でした。地球侵攻と教徒掃討を命じられたワーレンは艦橋まで入り込んだ地球教徒の下士官に襲われて九死に一生を得ています。フェザーンで爆殺されたシルヴァーベルヒと助かったオーベルシュタインとルッツ、皇妃となり懐妊したヒルダもまた柊館で襲撃を受けています。

 同盟ではクーデター時にクブルスリー大将や同盟が消滅する直前のレベロ議長が対象となりました。

 こうしてみると動乱の時代であっただけに、フェザーンや地球教徒だけでなく様々な勢力が暗殺を利用したことが判ります。

 ラインハルトを暗殺しようとした者は下記となります。なお全て未遂ですが、実行したのは(失敗)、実行前や計画のみは(未遂)とします。

  • 惑星カプチェランカの基地司令官のヘルダー大佐と部下(失敗)

  • 第5次イゼルローン攻防戦での憲兵隊のクルムバッハ少佐(失敗)
  • リップシュタット戦役でのシュトライトやフェルナー(未遂)、アンスバッハ准将(失敗)

  • 皇帝即位直後に邸宅に招いたキュンメル男爵(失敗)

  • 大親征でハイネセンに降り立った時の共和主義者(未遂)

  • ロイエンタール謀反の発端となったウルヴァシーでの帝国軍人(失敗)
  • ヴェスターラントの犠牲者の遺族(未遂)

  • フェザーン仮皇宮を襲撃した地球教徒(失敗)

 これ以外にアンネローゼやヒルダの暗殺未遂、部下達の暗殺(未遂)事件があったラインハルト。これで即位後も平気で一人で行動した逸話があるとか、後世の歴史家が影武者を用いたと主張するのも判る気がします。宇宙戦艦の装甲並みの面の皮の厚さか、死に対して仙人並みの達観でもなければありえない逸話です。

 結局、明確に成功した暗殺はヤンだけのような気がします。一方で余波(巻き込まれ)で死んだのがキルヒアイス、シルヴァーベルヒ、ルッツ、オーベルシュタイン。どちらにしても彼らの死は、歴史に影響があったのは間違いありません。

 最後にレベロ議長とトリューニヒト元議長。二人とも同陣営の軍人の都合または感情によって殺されました。自身に責任の一端があるのも事実です。それでも死ぬべきかと問われれば疑問になる二人。一人はそこまで罪が重いのか。もう一人はそこまでの行為だったのか。
 政治活動も人生も対照的な二人ですが、終わり方だけは似ているのもまた歴史の皮肉であるといえます。

呼吸する軍事博物館-老将ビュコック提督の生き方と死に様について-

 アレクサンドル・ビュコック元帥は軍務歴55年越えといえば作中でも一番長く、主要キャラではメルカッツ提督をも超える戦歴を持ちます。特にメルカッツ提督が貴族出身で士官からスタートしたことを考えれば、二等兵から始まり元帥まで上り詰め、宇宙艦隊司令長官として銀河を二分する軍事勢力の実戦部隊最高職となったのは伝説といっていいでしょう。

 帝国の大親征を迎え撃ったマル・アデッタでの最後の戦いには、ビュコック元帥を同盟軍の象徴として兵が集まったことでも人望はしれます。

 第5艦隊司令官時は数々の戦いに参加して、戦術眼や経験による戦いぶりを見せてます。また帝国侵攻やアムリッツアでは損害を出しながらも第5艦隊を艦隊戦力として維持、脱出時は残存同盟艦隊を纏めて第13艦隊の支援のもとで退却に成功しています。ただしビュコック提督が宇宙艦隊司令長官に就任後は、第5艦隊は登場しておらず戦力が激減したため解体されたと思われます。

(残存戦力七割でその後のイゼルローン駐留艦隊の中核となった第13艦隊の異常性がよくわかります。)

 司令長官就任後はヤンや同盟軍の穏健派と協調しつつ同盟軍の立て直しをはかります。しかし政治的状況の悪さが本来は前線の戦術家であったビュコック提督には厳しく、クーデターや政権の介入、皇帝誘拐事件、フェザーン侵攻などで活躍する場がありません。このあたりは士官学校出ではなく、同期や後輩がいなかったのも影響しているかもしれません。

 ようやくの出番がきたのはフェザーンとイゼルローンの双方を確保された状態での決戦、ランテマリオ星域会戦です。ここで順当な敗北となりますが、帝国軍の投入戦力がほぼ全軍となるほど善戦したため、帝国軍は補給と休息が必要となり進軍を停止させることができました。

 ヤンの各個撃破策もバーミリオン星域会戦も、このランテマリオの善戦があってこそです。

 どこまでも同盟軍は同盟と同盟民のためにあるとの建前を守り、ヨブ・トリューニヒトがミッターマイヤーの降伏勧告を受け入れようとした時も、身体を張って阻止しようとしました。確かに首都星への無差別攻撃を告げられては選択肢はないものの、最高議長の考えが保身であり、幼帝を受けれた責任など考えていないのはその後の身の振り方でも明らかです。

 引退後は余生を家族と過ごすものの、大親征で再び軍務について同盟軍と自身の最後の戦いに向かいます。マル・アデッタでは兵力差は4倍、質量ともに圧倒的な帝国を翻弄しますが全軍の八割の損害をだして力尽きます。

 この戦いの意義は様々な解釈がありますが、ビュコック提督は若い者(74歳のビュコック提督の指揮下の将兵は全員年下)を巻き込むことを悔やむ発言をしております。一方でこの戦いが必要であることも知っているため将兵200万人以上を率いて戦いに臨みました。最後は撤退する味方の殿を務め、降伏勧告を拒否、旗艦リオグランデに集中砲火を浴びてチュン総参謀長、エマーソン艦長とともに戦死しました。

 この時にビュコック提督はラインハルトに一方的ですが拒否する理由を伝えています。一つは礼儀としてもう一つは撤退する味方の時間を少しでも稼ぐため。旗艦から退艦する乗員の離脱の時間もあったでしょう。しかし言葉は本心です。

「民主主義とは対等な友人をつくるための思想

 ビュコック提督は命を賭けて守ろうとしたものが何かを伝えます。ラインハルトは態度ほど言葉には感銘を受けなかったと自答しますが、そこでキルヒアイスを思い出すあたり思いっきり刺さっているのが判ります。ロイエンタールが砲撃の許可を求める視線を受けてようやく意識を戻したのですから。

 共和制国家の軍人として戦い続けた老将は、最後まで節をまげずに戦いの中で死にました。ラインハルトをして「新雪」とまで例えられた生き方と死に様は、万人に真似できるものではありません。ただ敬意を表す対象として記憶すべきでしょう。

カール・グスタフ・ケンプに関する誤解

 カール・グスタフ・ケンプ提督は撃墜王で名をはせ、その後は戦艦の艦長になり大佐、ラインハルト元帥府開設時に中将で艦隊提督として名を連ねます。若手が多い元帥府ではケンプは年長者ですが、30代の提督なので十分優秀で若手の将官です。ラインハルトが招いたのも納得です。

 戦歴としてはまず同盟の帝国侵攻作戦でヤンの第13艦隊との戦いがあります。一時的な劣勢を悟り艦隊を退いてヤンを逃がします。ここだけ聞くと能力を疑われますが、ヤンは敵の来襲を予想した上で適した戦術を用意していました。半月陣を用いて左右に振り子のように移動して、敵の攻勢をかわすとともに相手の両翼に砲火を集中して出血を強いる方法です。
 この時ケンプは事態を重くみて、損害覚悟で後退を命令します。戦術眼がある証拠です。ただ相手のヤンは局地的な勝利よりも帰還を優先して逃げ出します。ケンプは後退による誘い出し、つまり罠だと結論付けますがここに戦略眼の不足が垣間見えます。

 この後、アムリッツア星域会戦、リップシュタット戦役と戦い続け、大将への昇進を果たしますが、僚友で競争相手でもあるミッターマイヤーとロイエンタールが上級大将となったため、後日の功を逸る状況が生み出されます。それでも大将の中では筆頭として扱われているので待遇は悪くないのですが。

 そして運命の第8次イゼルローン攻略戦。ここでケンプは戦場の雄として移動要塞とミュラーを率いて戦います。

 計画の段階からケンプは総指揮をとり、ガイエスブルク要塞の移動要塞化とワープ試験の成功はケンプの功績です。組織の責任者として十分認められるものです。

 作戦開始後はイゼルローン要塞の前面2光秒の位置にガイエスブルク要塞を到着させることにも成功します。当然この位置は総司令官のケンプが決定したもので、敵要塞砲の射程圏内(=自要塞の射程圏内)に陣を構える豪胆さはなかなかのものです。

 また敵前面での展開する効果は、威圧だけに留まりません。

 まずは敵要塞の制宙領域を著しく狭めることに成功します。これで敵の安全圏は無くなり艦隊どころか輸送艦1隻動かすだけでも敵を警戒する必要があります。

 次に有効射程距離5.7光秒の要塞主砲トールハンマーの脅威の半減化です。主砲の射程圏内は攻撃側艦隊にとっては危険領域であり、要塞守備側にはこの距離が要塞への接近を阻む安全圏でした。それが2光秒の位置に要塞を置くことで攻撃側は、これまでの半分以下の時間で要塞に接することができます。事実、ミュラー艦隊は味方要塞をカモフラージュに2度もイゼルローン要塞に肉薄します。最初は陸戦隊を送り込み要塞内進入に成功、2度目はミサイル攻撃で外壁に損傷を与えています。ガイエスブルク要塞から行われている通信妨害や探知妨害も、2光秒の位置取りでより高い効果を上げることができます。

 あとは攻略拠点があることで、通常の戦場であれば後方に下がり補助艦艇の順番待ちとなる艦船の補給や修理、乗員の休息が、安全な要塞の中で効率的にできるメリットがあります。

 この要塞対要塞はハードウェアに頼る嫌いはありますが、イゼルローン要塞に対抗するための優良な手段であったことは間違いなく、指揮したケンプが凡庸であるはずがありません。

 惜しむらくは相手がヤンという変態魔術師であった点です。

 ケンプが要塞に要塞を牽制させて回廊の突破を図る策は好手といえます。実際に帝国遠征と内戦の痛手から回復できていない同盟に、回廊を抜かれた場合に対抗する十分戦力が無いのは事実です。同盟が何とか準備してヤンとともに送った救援部隊は、複数の部隊で構成された混成艦隊で、戦力的に十分と言えないのもそれを証明しています。

 しかしヤンは数的劣勢の艦隊で、回廊の特性を利用して帝国軍を包囲します。これはその場での思いつきではなく、イゼルローン要塞兼駐留艦隊司令官となって以降、フィッシャー提督らと珍しく頑張って協議を重ねて構築した陣形案を利用したと考えられます。

 もっともヤンはアスターテのように、即興で敵の中央突破を逆手に取った側面前進後背展開の計画を立案できるので、断言できないのですが。

 ヤンの計画通りイゼルローン駐留艦隊も来援して、ケンプは回廊突破も失敗します。この時の残存戦力は5割程度でしょうか。

 最後に至りケンプは要塞の突撃による要塞破壊を思い至ります。ヤンはこれをまともな軍人が取る戦法でなないと考えますが、ともかくケンプは実行します。

 その結果は爆散です。

 ケンプは過去の対戦通り一旦後退すべきかというとそこは疑問です。ガイエスブルク要塞を引き続き攻略拠点として使い、イゼルローン要塞の防御拠点としての地位を低下させる役割は大きいです。

 同盟にとって最悪は、帝国が新たな艦隊を準備した上で、ガイエスブルク要塞が相打ちを狙いで要塞砲によりイゼルローン要塞にダメージを与えて半壊させ、艦隊による攻略という流れでしょうか。

 功を焦った。この時のケンプの本当の失敗はこれに尽きるのでは無いでしょうか。ライハルトの野心が銀河統一なら一時的に閑職に回されても、再登場の機会はあるかもしれなかったのですから。

 能力は十分にあったが、戦場に対しても自分の人生に対しても柔軟性が少し欠けていた。これがケンプ提督への評価となります。なお「勝利以外は無価値だ」というのと「敗北者は無能だ」とは違います。彼が大多数の人物よりも有能であったことは間違いないのですから。

ヤン・ウェンリーという虚構と誤解 その2

 ヤン・ウェンリーが作中で誤解されていた点については過去に記載しましたが、作外、つまり読者にも勘違いされている場合があります。

 ヤンが民間人を保護に尽くした点や日頃から戦争に否定的な言動から、ヤンが人道に重きをおき、人命を尊重する人物だと認識しております。

 これはある意味正しく、ある意味間違っています。

 ヤンは戦闘においては「冷酷な表現をもちいれば、いかに効率よく味方を殺すか」を体現しており、敵に対しては全く容赦しません。

 第七次イゼルローン攻防戦では、二度の要塞砲発射で敵である駐留艦隊を半身不随にしています。この後の降伏勧告と撤退時の追撃せずの告知を、彼の優しさと勘違いしてしまいますが、それなら最初に占拠と要塞砲砲撃の事前通知をすれば良かったのです。

 出来なかった理由はイゼルローン要塞を手中におさめたとはいえ、艦隊の数は半個艦隊分で戦力的には半分以下、トゥールハンマーの制御は可能でも他の火器(砲台)の制御は間に合っていない。この状況で敵が無理押ししてきた場合、守り切れるかは不明瞭で、個人的にはかなり分が悪いと考えます。

 奇襲となる初撃で敵の混乱を呼び、二撃目で戦意を喪失させる。本人はこの行為を虐殺とシェーンコップに言われて認めますが、過去にイゼルローン攻防戦に参加した戦歴を持つヤンが言われて気が付いたというのは無理があります。

 味方の戦闘力に不安がある以上、戦闘を長引かせるわけにはいかない。敵の速やかな撤退を誘うためには効果的な一撃が必要である。そのため要塞砲による「虐殺」を手段とする。これは最初から攻略計画に組み込まれているはずですが、ヤンはこの点をぼかして幕僚たちに説明していたのかもしれません。

 予想とは異なる敵司令官の暴走による艦隊突撃に激怒したヤンは、三度目の砲撃を命じ、旗艦を失った駐留艦隊はようやく撤退します。

 なおここで多くのヤン内心が語られています。

「ここまでやらなければ勝てないものなのか」

「こんな奴がいるから戦争が絶えないのだ」

「もうまっぴらだ。こんな奴らにかかわるのは」

 これは本心であり、彼はますます戦争嫌いになります。作中でヤンが発した最も鋭い命令は、この時の敵旗艦への要塞砲砲撃の命令だというのも彼の心情を如実に表していました。

 それでも彼は砲撃を命じ、数十万人の命を葬り去りました。他の画像・映像作品では砲撃の回数を減らしたり、砲撃の射線をずらしたりしてヤンの「優しさ」を表してましたが、これはヤンを過度に「優しい」とした点や、第十三艦隊の状況を正しく理解していない点にあるのではないかと考えます。

 

 以後、ヤンの指揮する戦闘で屠った敵の数は数百万人に及びます。また彼の指揮下で倒れた味方の数も百万人を超えます。生涯キルレシオは5:1以上でしょうか。ヤンは自分の心情とは別に、自らの考え通り容赦なく敵を殺し最も効率よく味方を殺したのです。

 矛盾の人ヤン・ウェンリー

 後世の歴史家がたとえ行為・言説・心境の全てを知っても、いや知ればこそ、彼の実像をイメージできずに混乱するしかありません。

 作中でもあったヤンの研究や第三者の書いた著述。そろそろ本当に発表されてもいいのではと考えてしまいます。

お金に関する銀河英雄伝説 その2

 お金に関する記述が余り多くなく、そもそも帝国の帝国マルクと同盟のディナールの交換レートも不明。なので少し考えてみました。

 ユリアン駐在武官としてフェザーンに赴いた時に、現地調査として裏通りの衣料店で購入したセーターは90フェザーン・マルクでした。
 このフェザーン・マルクが同盟のディナールと帝国の帝国マルクを橋渡しする通貨となります。同盟と帝国は国交がないため、直接の通貨の交換する仕組みがなく為替レートも存在しないはずです。

 帝国マルクを150円と想定して、フェザーン・マルクも同額だとすると90フェザーン・マルクのセータは13,500円となります。ユリアンが浪費という単語を持ち出すあたり、もう少し高い設定でしょうか。特に経済力があるフェザーンの通貨価値は高くなると考えると、1フェザーン・マルクは200円から250円。すると1帝国マルクが0.7フェザーン・マルクと0.3ディナール程度となります。

 ざっくりとフェザーンでの為替取引は下記のイメージでどうでしょう。

 しかし、ここで問題が発生します。帝国が同盟を属国した際に安全保障税として年間1兆5千帝国マルクの支払いが発生しました。これは同盟が軍事予算削減による国力の回復をさせないように課したものです。
 同盟の軍事予算は1兆8千億ディナールで、上記の帝国マルク換算だと5兆4千億帝国マルク。国力を削ぐ目的にしては少ないように感じます。

 ただ同盟軍は解体したわけでは無く維持はされているので、多額の人件費や年金は発生し続けます。また戦艦と宇宙空母を除く艦船の建造や維持、70ヶ所ある基地の維持改修は必要です。その費用は少ない金額ではないでしょう。
 なにより、戦勝国と敗戦国とではそれまでの為替のレートが変わるのはあり得る話で、フェザーン・マルクが帝国マルクに吸収されたと想定すると下記程度になっている可能性があります。

 安全保障税1兆5千帝国マルクは7千5百億ディナールとなり、軍事費の41%で国家予算3兆7千億ディナールの20%となります。これはかなりの支出です。
 国力は削ぎつつ、破綻はしない絶妙な金額ではないでしょうか。

 最もこの配慮もハイネセン動乱とその後の親征により同盟を完全征服したため意味が無くなりました。銀河統一により、通貨は帝国マルクで統一されたので経済官僚はさぞやスッキリしたことでしょう。

ジョアン・レベロ氏の生き方と死に方

 自由惑星同盟の政治家で、同盟政府最後の最高評議会議長であるジョアン・レベロは、潔癖であるがゆえに晩節を不本意なかたちで過ごし暗殺された悲劇の政治家です。

 財務委員長を務めた経歴からも財務・財政に強く、その視点から同盟が困窮のふちにいると知っており、帝国との停戦や講和に賛成する穏健派でもありました。

 また汚職に対して潔癖で、交友関係もホアン・ルイやビュコック提督と信頼できる人物と繋がりがあり、やや堅物な面があるものの公明正大な政治家として知られていました。

 降伏に近い講和後に評議会議長の座についたのも、自由惑星同盟を存続させるべきという使命感からであり、権力への思いからではありません。周囲に恵まれなかった点も人材不足の同盟では同情の余地があります。

 軍のトップは統合作戦本部長のロックウェル大将で、もとはトリューニヒト派です。ブレーンとなったハイネセン国立中央自治大学学長のエンリケ・マルチノ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラもトリューニヒトと繋がりが強く、主戦派を学術・教育面からフォロー、政策ブレーンとして活動してきた人物です。
 両者とも自己の保身を優先させる人物であったため、頼りにしたのが間違いなのですが。

 もし同盟軍は統合作戦本部長ビュコック元帥、宇宙艦隊司令長官ヤン元帥の布陣(運営はキャゼルヌ後方勤務本部長とパン屋の2代目参謀長)で、閣僚はウォルター・アイランズが燃え尽きずに国防委員長をそのまま務めて、元トリューニヒト派とレベロの橋渡しとなり政府を運営できたのなら。

 少なくとも短期間に帝国の再侵攻を招くことはなく、ラインハルトの病状悪化による事態打開の可能性があったかもしれません。

 また作中であるようにレンネンカンプの暴走を皇帝に訴える明敏さや、ヤン逃亡後は早々に公表してヤンの追撃を同盟で行う旨を帝国に伝える図太さ、もしくはヤンの捕縛を帝国に頼む厚かましさがあれば。
 貴重な戦力を割きヤン・ウェンリーに事後を託したチュン・ウー・チェン参謀長のように、自由惑星同盟の終焉を認めることができたなら。

 しかし、どれもなされず無為に時間を浪費した挙句に皇帝の宣戦布告を受ける、それも真実のおまけつきで同盟政府の権威は完全に失墜させられました。

 なおこの一手だけでもラインハルトの政治センスが光ります。常に主導権を握り戦端を開く前に自軍の優位さを確保する手腕で、開戦後は軍事に専念でき勝利を掴みやすくなるという鉄板のルーチンです。

 レベロは最後まで仕事を放棄しませんでした。無精卵を温める行為と評されましたが。アイランズとは逆に半世紀の評価を半年で台無した人物として、最後は暴走した一部の軍人に殺害されます。

 

 本来であれば民主主義に殉じた人物として後世に名を遺こすべきジョアン・レベロ。人が己の何かを曲げた時に起こる悲劇を体現したのが彼かもしれません。