第9次イゼルローン要塞攻防戦に置ける同盟と帝国の駆け引き

 ロイエンタールとヤンが相対した第9次イゼルローン要塞攻防戦は、帝国のラグナロック作戦の一環として行われました。帝国はフェザーン方面への主力の侵攻をカモフラージュするため、陽動ではありますがイゼルローン方面に三万以上の大兵力を投入しました。この方面の総司令官がロイエンタールです。

 三個艦隊の兵力による包囲攻撃により、ヤンがロイエンタールの相手で手一杯となる一方で、フェザーン方面の先陣となったミッターマイヤーがフェザーンを落とした時点で、戦略的な勝負はついてしまいました。

 この主戦場ではない戦いが重要かつ興味深いのは、お互いに相手の戦略目的を理解(帝国はヤンをイゼルローンに足止めする、ヤンは艦隊を温存してイゼルローンから主戦場に向かいたい)しつつ、戦術面では知略の限りを尽くす二人の名将の戦いにあります。

 最初の注目は帝国側の初回攻撃です。

 ロイエンタールは「派手にやるのも作戦の内」の示威行動だと思わせつつ、艦隊の一部を動かしてヤン艦隊を要塞から誘い出します。誘い出されたヤン艦隊が要塞砲の射程範囲で態勢を整える前に、突進して混戦状態をつくりだしました。

 第5次イゼルローン要塞攻防戦で同盟が使用した並行追撃戦法と同様に、要塞からの攻撃を封じた帝国軍。初手でこれとは予想できず、ヤンはしてやられます。ヤンは総旗艦を囮にしてロイエンタールを前線に誘い出し、強襲揚陸艦で奇襲して白兵戦に持ち込む奇策を用いました。帝国軍の後退を促すに留まりましたが、同盟軍は危機は脱します。

 続いて帝国軍は少数の高機動集団による強襲を用います。二千隻の損害もありましたが、要塞にも確実に損害を与えます。これも単なる力押しではなく、帝国から増援を呼び寄せる(欺瞞)ための演出としての意味がありました。

 実際にイゼルローン方面への援護として出征したミッターマイヤーが、フェザーンを奇襲して無血占領に近い成功を収めました。

 なおフェザーン陥落後も要塞に対する攻撃は繰り返されます。

 年明けにはロイエンタールは、包囲網を縮めて第8次イゼルローン攻防戦でガイエスブルク要塞が鎮座した60万キロメートルよりも少し遠い目の、80万キロメートル付近に総旗艦を置いて攻撃を続行します。トールハンマーの射程圏内ですが、レーダー透過装置や妨害電波で総旗艦の位置は判りません。その上、要塞主砲の発射時は索敵能力が更に落ちるため、第8次攻防戦のミュラー艦隊のように密かに接近される可能性があり、適当に撃つわけにもいきません。

 それでもトールハンマーの射程圏内で指揮するロイエンタールは豪胆ですが。

 帝国軍からは敵の監視や指揮がしやすい距離、でのルッツの言う「いやがらせ」、またはロイエンタールが訂正した「あらゆる布石を惜しまず」の攻撃は、ヤンを閉口させます。
 ロイエンタールはヤンがイゼルローン要塞を放棄する可能性を予想しつつ、戦術的には要塞への攻撃を強化することで、ヤンを忙殺させて敵の行動(準備)を阻害する行動をとります。

 ヤンは事態の打開のため、アッテンボローの具申を一部修正した作戦を実行しました。結果、レンネンカンプ艦隊に損害を与えて、ようやく要塞離脱への環境を整えることができました。

 無事に離脱をはたしたヤンと一方で民間人を伴う離脱を追撃はしないロイエンタール。勝敗はヤンを釘付けにした上でイゼルローン要塞を奪還したロイエンタールと、目的通り民間人三百万の保護と艦隊の維持を成し遂げたヤンのどちらに軍配が上がるのか。

 それともランテマリオの会戦に間に合わなかったヤンの敗けか、イゼルローン要塞の仕掛けに気が付かなかったロイエンタールの失敗か。

いずれにしても当代の名将同士の要塞攻防戦は、11回に及ぶイゼルローン要塞攻防戦の中で珍しく勝敗が曖昧な戦いであったと考えます。