ヤン・ファミリーには個性的な軍人が数多くいます。艦隊指揮は名人、戦闘指揮は凡人のエドウィン・フィッシャー提督。昼の空戦と夜の格闘戦で名をはせた撃墜王ポプラン。若くして提督になり将器と勇気を兼ね備えたジャーナリスト志望のダスティン・アッテンボロー提督。艦隊戦主体の戦場で歩兵戦闘で伝説を築いた第13代ローゼンリッター隊長ワルター・フォン・シェーンコップ。帝国軍上級大将から一転して同盟の客将となり最後は民主主義のために戦い戦死したメルカッツ提督。
その中でも後方勤務だけで中将にまでなり、ずば抜けた事務処理能力でヤンを支え続けたのがアレックス・キャゼルヌです。
事務処理能力が高く、100万万単位の組織で補給や物資管理、組織運営をこなす力があります。ヤンとは異なり軍隊以外でも能力を発揮できた逸材で、論文が認められて企業の幹部としてスカウトを受けてもいます。帝国侵攻作戦では同盟軍史上最大の3,000万人の出征を支える補給責任者として後方主任参謀に選ばれております。
なおこの3,000万人、どれだけすごいかというと正直判りません。現時点で地球の最大の企業は米国ウォルマートで社員220万人、最大の軍隊は中国人民解放軍が230万人。その10倍以上の人員を遠征させるというのですから物資の管理だけでも大変な仕事です。
遠征後は一時期、補給基地司令官に左遷されましたが、ヤンの努力が実りイゼルローン要塞の事務総監と副司令官を兼任する役職を得ます。軍民合わせて500万人の巨大都市の運営をヤンから一任もしくは押し付けられますが、キャゼルヌは完ぺきにこなします。
同盟敗北後は軍の上層部から後方勤務本部長代理を泣いて頼まれて、同盟軍に残留します。ヤン・ファミリーの一員であっても主流派から依願されるのは、やはり組織運営に必要な事務能力の高さからです。
ヤンの逃亡後も統合作戦本部に勤務続けていましたが、ヤンの所在があきらかになるとすぐに合流、古参メンバーと共にヤン艦隊を支え続けました。回廊の戦いでヤンがラインハルトとの戦闘に集中できたのも、キャゼルヌの後方支援が万全だったからでしょう。
実在の人物で前線や戦闘には参加せずに同様の功績を上げたのは、楚漢戦争の蕭何や秀吉に仕えた長束正家がいます。キャゼルヌのモチーフは軍事では劣勢の漢を兵站で支え続けて勝利に貢献した蕭何でしょうか。蕭何は漢の宰相となりましたが、キャゼルヌは銀河帝国宰相というわけにもいかず、ハイネセン自治政府の閣僚に就任するぐらいしか才能を発揮する場がなさそうです。
なお企業してビジネスマンとなるのも、本を書いてコンサルタントになるのもありなので、旧ヤン艦隊の中で最も再就職に困らない人でもありました。