マリーンドルフ伯に対する誤解或いは見誤りについて

 フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵といえば、物語の初期から終盤まで登場する人物である一方で、特徴といえば「温厚」「誠実」「ヒルダの父親」と、才幹で目立つことなく人畜無害な存在と作中でも言われています。

 無論、この見方が間違いであるのは作中のやりとりでも明らかです。

 象徴的なのはリップシュタット戦役の直前、ヒルダにラインハルト陣営に加わるように説得された際に、あっさりと許した点にあります。
 この時はヒルダの見識がクローズアップされてますが、五つの要点について正しいと判断する見識がマリーンドルフ伯にありました。更にそれでもリスクがある点から、ヒルダに家門を踏み台にしても生き延びるように諭しています。

 戦乱時に正しい選択をした結果、自身は新王朝で国務尚書となります。大帝国の閣僚筆頭で上位には皇帝がいるのみの文官最高の地位です。いかに天才青年皇帝の親政で鋭利な軍務尚書や気鋭の工部尚書がいるとはいえ、温和なだけで務まる職ではありません。

 また門閥貴族である点からも他の貴族への影響力は、開明派のブラッケやオイゲン、その他の閣僚よりも持っています。軍部の力が強い新王朝で、文官の筆頭として安定した政権運営をできるのは貴重な存在で、かつ有能と言って良いのではないでしょうか。

 オーベルシュタインが、マリーンドルフ伯が皇帝に妃問題を提議しただけで釘を刺すのも判ります。
 リップシュタット戦役前からローエングラム陣営に加わり、自身は国務尚書で娘は皇帝秘書官の地位にあり、門閥貴族で他の貴族達との姻戚関係から交流は多岐に渡り、そして温和で善良という評判を得ている。
 所詮小娘のヒルダならともかく、こんな人物を警戒しない理由がありません。

 

 物語後半でヒルダがラインハルトの子を宿すと、即辞任の意向を示すなど貴族として生き残るための政治感覚も備わっています。何より武官であるミッターマイヤーを後任の国務尚書に推した点は慧眼と言えます。
 彼は公明正大で知られ、皇帝の絶対的信頼を得ており、軍部にも顔が利くというのは貴重な人材です。ヤン・ウェンリー亡き以後は、イゼルローン要塞に立てこもる共和主義者だけが公然の敵となっている状況では、軍部の比重を下げる意味でも中々の配置転換では無いでしょうか。

 もっとも推薦した時点ではオーベルシュタインが軍務尚書の地位にいるため、ミッターマイヤーとしても実戦部隊から容易に離れがたく、一方で忠告された通り軍務尚書が国務尚書となるケースも考えられ、彼が政治家となる道を考えざるを得ない契機となってしまいましたが。

 

 ラインハルトの死後はミッターマイヤーを説得して国務尚書の地位を譲ったのか。はたまた皇帝崩御後の混乱を乗り切るため一定期間を務めたのちに、次々候補の内閣書記官長マインホフあたりが就任したのか判りません。
 少なくとも引退して皇太子の祖父として孫を可愛がる”良いお爺ちゃん”の姿は容易に想像できますね。