銀河流暗殺の流儀

 艦隊戦に白兵戦、権力闘争に権謀術数と、銀英伝には様々な戦いがあります。国家間抗争もあれば国内内戦、さらには個人的な決闘まで戦いの連続でした。
 その中で弱者の戦術、もしくは貴族の嗜みとして利用されたのが暗殺。中でも作中で最も暗殺の対象となったのが、もちろん移動する大標的ライハルト。姉アンネ―ローゼが後宮に入って以来、軍人から侯爵、皇帝になってもそれぞれの立場と理由で死ぬまで暗殺の危機にみまわれました。

 門閥貴族とその部下、元皇帝の寵姫、地球教徒、共和主義者、個人的な恨みを持つ者と、彼を標的にした暗殺は繰り返し行われました。ですがラインハルトは、何度襲われても死にかけても気にしません。キルヒアイスがいた時は二人で、彼の死後も皇帝になっても警備は少なく、一人で行動する時すらありました。
 幼年学校の入学当初から周囲が敵ばかりで「狙われるのが当たり前」だったラインハルトは、地位を得た時点で麻痺していたのかもしれません。もちろん矜持もあり、怖くて警備の兵を増やす命令や恐れて隠れて行動するなんて、死んでもできない心情があるかもしれません。

 暗殺といえば、同盟の最重要人物ヤンもまた経験者です。同盟のクーデター側や退役後に同盟政府、そして地球教と三勢力から暗殺(未遂)を受けました。皮肉なのは「テロ(暗殺)で歴史は動かない」と語っていたヤンの個人史は暗殺で動いてしまったことでしょうか。

 他にも様々な人物が暗殺の標的となりました。

 門閥貴族の権威に逆らったミッターマイヤーは、拷問の上で銃撃される寸前でした。地球侵攻と教徒掃討を命じられたワーレンは艦橋まで入り込んだ地球教徒の下士官に襲われて九死に一生を得ています。フェザーンで爆殺されたシルヴァーベルヒと助かったオーベルシュタインとルッツ、皇妃となり懐妊したヒルダもまた柊館で襲撃を受けています。

 同盟ではクーデター時にクブルスリー大将や同盟が消滅する直前のレベロ議長が対象となりました。

 こうしてみると動乱の時代であっただけに、フェザーンや地球教徒だけでなく様々な勢力が暗殺を利用したことが判ります。

 ラインハルトを暗殺しようとした者は下記となります。なお全て未遂ですが、実行したのは(失敗)、実行前や計画のみは(未遂)とします。

  • 惑星カプチェランカの基地司令官のヘルダー大佐と部下(失敗)

  • 第5次イゼルローン攻防戦での憲兵隊のクルムバッハ少佐(失敗)
  • リップシュタット戦役でのシュトライトやフェルナー(未遂)、アンスバッハ准将(失敗)

  • 皇帝即位直後に邸宅に招いたキュンメル男爵(失敗)

  • 大親征でハイネセンに降り立った時の共和主義者(未遂)

  • ロイエンタール謀反の発端となったウルヴァシーでの帝国軍人(失敗)
  • ヴェスターラントの犠牲者の遺族(未遂)

  • フェザーン仮皇宮を襲撃した地球教徒(失敗)

 これ以外にアンネローゼやヒルダの暗殺未遂、部下達の暗殺(未遂)事件があったラインハルト。これで即位後も平気で一人で行動した逸話があるとか、後世の歴史家が影武者を用いたと主張するのも判る気がします。宇宙戦艦の装甲並みの面の皮の厚さか、死に対して仙人並みの達観でもなければありえない逸話です。

 結局、明確に成功した暗殺はヤンだけのような気がします。一方で余波(巻き込まれ)で死んだのがキルヒアイス、シルヴァーベルヒ、ルッツ、オーベルシュタイン。どちらにしても彼らの死は、歴史に影響があったのは間違いありません。

 最後にレベロ議長とトリューニヒト元議長。二人とも同陣営の軍人の都合または感情によって殺されました。自身に責任の一端があるのも事実です。それでも死ぬべきかと問われれば疑問になる二人。一人はそこまで罪が重いのか。もう一人はそこまでの行為だったのか。
 政治活動も人生も対照的な二人ですが、終わり方だけは似ているのもまた歴史の皮肉であるといえます。