ペテン師とその片割れの奇術

 第10次イゼルローン要塞攻略戦といえば、第7次と同様に異例ずくめの戦いでした。
もしくは善良な人間がペテン師に引っ掛かり被害者となるお馴染みの構図です。

 ルッツが優秀でなかったから、というのは酷です。彼は艦隊運用にしろ艦隊戦にしろ実績のある一流の提督です。事実、敵であるヤンは、「一流を騙すのには二流、あるいはそれ以下の仕掛けのほうが効果ある」と間接的にルッツを評価しています。

 まあそう評価しておいて、完璧に騙しきったヤンの人の悪さと言ったらアレですが。

 では第10次の攻略戦は何が良くて、何が悪かったのでしょうか。まずこの戦いが起こるための要因が複数ありました。
 エル・ファシルの独立、ハイネセン争乱、ヤンの同盟政府からの逃亡とエル・ファシル政権への参加、皇帝ラインハルトの最後通牒、帝国軍の同盟再侵攻などなど。
 特にイゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官であるルッツとしては、イゼルローン回廊出口近くのエル・ファシルにいるヤンの動向が気になります。

 そこに届いた出撃命令にルッツは命令通りに出撃準備を整えつつ疑念を持ちます。ヤン・ウェンリーイゼルローン要塞を再び狙っているのではと。

 要塞周囲の通信状況は明らかに人工的な妨害で悪く、通信回線の偽装も考えられる状況で、異なる命令が次々と届きます。相反する命令のうち一つが正しく、もう一つが間違いと捉えてしまうルッツ。そのうち正しいと思われる情報から敵の意図は把握したと考えた彼は、逆手に取る作戦を立案します。

 これがヤン・ウェンリーの策略であったのは記述通りです。

・ラインハルトの意図(戦略)を読み、同盟再侵攻計画を利用してイゼルローンの奪取を考える。

・事前にイゼルローン要塞に仕込んでおいた罠を発動するには、駐留艦隊が邪魔。

・駐留艦隊にはイゼルローン要塞から離れてもらわなければならない。

この前提から立案した計画が以下の通りとなります。

・イゼルローン回廊での大規模な通信妨害を行う。

フェザーンからの正式な命令に先回りして、イゼルローン要塞に偽の命令を送る。

・偽命令は相反する内容で複数回におよび、敵の混乱を誘う。

・この時のタイミングや内容は無秩序で、しかしあり得る通信文を送る。

・敵が策謀を看破したと誤解するまで続ける。

・敵の駐留艦隊がイゼルローン要塞から離れた時点で攻略を開始。

 ポイントはペテン師の片割れバグダッシュが送った無秩序な指令が、「敵を誘いだす」ためではなく、「誘い出そうとしている」と認識させる目的だった点にあります。
 ルッツが敵の罠の存在を感知し、逆に罠にはめようと考える。そこまで思考を誘導しての策略です。
 ルッツは動かねばよかった。または一個分艦隊を残す。探索網を敷いて回廊を徹底的に捜索する。ヤンはそのような選択肢を、「ヤンの計略を看破した」と考え「逆用してヤンを倒す」誘惑でルッツから奪いました。

 結果としてまたしてもイゼルローン要塞はヤンの手に落ちます。その手腕もさることながら用いられた方法に帝国軍提督達は唖然としたでしょう。

 なお作戦内容を聞いたお祭りヤンファミリーですら「ひどいペテンだ」が感想でした。少なくとも関係者一同がルッツを能力不足で責めるより、同情する気持ちが高かったでしょう。

 

 つまりルッツが悪かったのは、この時にイゼルローン要塞の司令官だった運だということです。