ラインハルト考案の機動縦深陣が実は深いという話

 ラインハルトとヤンが雌雄を決すために全力で戦ったバーミリオン会戦。互いに艦隊司令官として拮抗した戦力で開戦した最初で最後の戦いでした。もちろん帝国軍が優位な戦いではあります。戦術目標はラインハルトが「他の艦隊の到着を待つ」であったのに対して、ヤンは「敵司令官の戦死もしくは捕縛」が唯一の勝利条件です。ラインハルトもそれを理解しており、というかバーミリオン会戦自体が自分を囮にしてのヤン艦隊の誘引による結果ですから。
 なのでヤンが何をするかをラインハルトは理解しており、そのために構築したのが機動縦深陣です。

 ヤンが他の帝国艦隊が戻るまでにラインハルトを討つには、短期決戦しかありません。事実、彼は速攻を命じて円錐陣で正面から攻勢にでます。戦線を縮小して戦力を集中、敵陣を突破してラインハルトの本隊を直撃する作戦です。これに対するラインハルトが出した最適解が機動縦深陣で、敵に『何度も突破させる』ことで心理的損耗を強いるのです。円錐陣は先頭の部隊が一番負荷がかかりますが、全軍突撃のため円錐の底辺の部隊も当然同じく突入します。翻ってラインハルトの機動縦深陣はその時に対応する部隊、『一枚のカード』のみ戦い他の部隊は待機、つまり戦闘態勢とはいえ一時休憩となります。この差は大きく、全部隊が連戦を強いられるヤン艦隊と、各部隊が1試合だけ頑張れば補給や再編が可能な帝国艦隊では疲労度は異なります。
 実際に帝国軍24段の防御陣の内、ヤン艦隊は8段目の突破で疲労が隠せず、ユリアンのひらめきにより敵の作戦を理解したとはいえ9段目の突破後に一時後退しております。

 そもそも何で帝国艦隊の陣形が判らなかったかというと、ヤン艦隊は戦線を縮小したので正面の敵の情報のみしか得られないためです。戦闘をしない、つまり砲火を交えない帝国の部隊はレーダー透過装置がありますから待機中は捕捉できません。ヤンが円錐陣を編成する間にラインハルトも編成を済ませてますから、同盟艦隊からみれば正面の敵のみ、正確には迎撃に現れた艦隊だけを捉えることができます。
 またラインハルトは左右に艦隊を配置、迎撃時にはスライドさせることで迎撃中の部隊の戦闘を他の味方の艦隊に遮られることなく正確な観測ができるようにしました。ヤンは全体が見えませんが、ラインハルトは戦況が手に取る様に判るということです。

 なおヤンが更なる突進を命じて、帝国艦隊の配置(スライド)が間に合わない速度でラインハルトの本隊を目指していればどうでしょう。

 当然、左右から砲火を浴びて辿り着く前に殲滅されるでしょう。

 では片方の陣形に突進すればというと、一枚一枚敵のカードを突破することになるのは変わりなく、その間にもう片列の部隊が後退して後ろに回り込むだけです。

 それなら陣形を再編して戦線を拡大(初期の陣形)すれば。

 ラインハルトもそれに対応した陣形に再編するだけで、あとは配下の艦隊が戻るまで戦い続ければ良いだけです。

 自身を囮にして敵を誘い出し、攻勢を受け止めて損耗させ、圧倒的大軍で包囲して殲滅もしくは降伏させる。ラインハルトの戦術プランは最高司令官を囮にするリスク以外は問題ありませんでした。

 誤算は彼のプライド、そしてヤン艦隊がみせた『敵艦隊の右側面を襲ったらいつの間にか包囲されていた』という神業のような艦隊運動でした。不用意に動かした主力部隊を一瞬で包囲される愚を犯したラインハルトは瞬時に敗北を悟ります。この後のミュラー参戦も戦況を覆せず、同盟側の戦闘停止という結末で戦闘が終わるまで何もできませんでした。

 ちなみにこの戦いでヤン艦隊は16,420隻中完全破壊されたのが7,140隻で、艦船の43.4%が消失したわけです。戦力としては損傷艦が6,260隻で、無傷の艦がたった3,020隻ですからもっと低下してます。
 一方で帝国艦隊は当初は18,860隻、ミュラー艦隊8,080隻の参戦で26,940隻中、完全破壊されたのが14,820隻、損傷艦が8,660隻で、無傷の艦は3,460隻でした。
 ヤン艦隊はミュラー参戦前から同規模の戦力を完全包囲、その後のミュラー艦隊の攻撃に耐えて包囲を続けたのです。艦隊の練度と司令官に対する信仰に近い信頼による士気の高さにより、帝国同盟の双方合わせても最高の組織であったことは疑いありません。

 ラインハルトは戦術的には敗北寸前まで追い詰められましたが、彼の考案した機動縦深陣が良く練られた陣形であったことは、ヤン艦隊に対して有効に機能した点からも間違いないでしょう。