ヤン・ウェンリーという虚構と誤解 その2

 ヤン・ウェンリーが作中で誤解されていた点については過去に記載しましたが、作外、つまり読者にも勘違いされている場合があります。

 ヤンが民間人を保護に尽くした点や日頃から戦争に否定的な言動から、ヤンが人道に重きをおき、人命を尊重する人物だと認識しております。

 これはある意味正しく、ある意味間違っています。

 ヤンは戦闘においては「冷酷な表現をもちいれば、いかに効率よく味方を殺すか」を体現しており、敵に対しては全く容赦しません。

 第七次イゼルローン攻防戦では、二度の要塞砲発射で敵である駐留艦隊を半身不随にしています。この後の降伏勧告と撤退時の追撃せずの告知を、彼の優しさと勘違いしてしまいますが、それなら最初に占拠と要塞砲砲撃の事前通知をすれば良かったのです。

 出来なかった理由はイゼルローン要塞を手中におさめたとはいえ、艦隊の数は半個艦隊分で戦力的には半分以下、トゥールハンマーの制御は可能でも他の火器(砲台)の制御は間に合っていない。この状況で敵が無理押ししてきた場合、守り切れるかは不明瞭で、個人的にはかなり分が悪いと考えます。

 奇襲となる初撃で敵の混乱を呼び、二撃目で戦意を喪失させる。本人はこの行為を虐殺とシェーンコップに言われて認めますが、過去にイゼルローン攻防戦に参加した戦歴を持つヤンが言われて気が付いたというのは無理があります。

 味方の戦闘力に不安がある以上、戦闘を長引かせるわけにはいかない。敵の速やかな撤退を誘うためには効果的な一撃が必要である。そのため要塞砲による「虐殺」を手段とする。これは最初から攻略計画に組み込まれているはずですが、ヤンはこの点をぼかして幕僚たちに説明していたのかもしれません。

 予想とは異なる敵司令官の暴走による艦隊突撃に激怒したヤンは、三度目の砲撃を命じ、旗艦を失った駐留艦隊はようやく撤退します。

 なおここで多くのヤン内心が語られています。

「ここまでやらなければ勝てないものなのか」

「こんな奴がいるから戦争が絶えないのだ」

「もうまっぴらだ。こんな奴らにかかわるのは」

 これは本心であり、彼はますます戦争嫌いになります。作中でヤンが発した最も鋭い命令は、この時の敵旗艦への要塞砲砲撃の命令だというのも彼の心情を如実に表していました。

 それでも彼は砲撃を命じ、数十万人の命を葬り去りました。他の画像・映像作品では砲撃の回数を減らしたり、砲撃の射線をずらしたりしてヤンの「優しさ」を表してましたが、これはヤンを過度に「優しい」とした点や、第十三艦隊の状況を正しく理解していない点にあるのではないかと考えます。

 

 以後、ヤンの指揮する戦闘で屠った敵の数は数百万人に及びます。また彼の指揮下で倒れた味方の数も百万人を超えます。生涯キルレシオは5:1以上でしょうか。ヤンは自分の心情とは別に、自らの考え通り容赦なく敵を殺し最も効率よく味方を殺したのです。

 矛盾の人ヤン・ウェンリー

 後世の歴史家がたとえ行為・言説・心境の全てを知っても、いや知ればこそ、彼の実像をイメージできずに混乱するしかありません。

 作中でもあったヤンの研究や第三者の書いた著述。そろそろ本当に発表されてもいいのではと考えてしまいます。