カール・グスタフ・ケンプに関する誤解

 カール・グスタフ・ケンプ提督は撃墜王で名をはせ、その後は戦艦の艦長になり大佐、ラインハルト元帥府開設時に中将で艦隊提督として名を連ねます。若手が多い元帥府ではケンプは年長者ですが、30代の提督なので十分優秀で若手の将官です。ラインハルトが招いたのも納得です。

 戦歴としてはまず同盟の帝国侵攻作戦でヤンの第13艦隊との戦いがあります。一時的な劣勢を悟り艦隊を退いてヤンを逃がします。ここだけ聞くと能力を疑われますが、ヤンは敵の来襲を予想した上で適した戦術を用意していました。半月陣を用いて左右に振り子のように移動して、敵の攻勢をかわすとともに相手の両翼に砲火を集中して出血を強いる方法です。
 この時ケンプは事態を重くみて、損害覚悟で後退を命令します。戦術眼がある証拠です。ただ相手のヤンは局地的な勝利よりも帰還を優先して逃げ出します。ケンプは後退による誘い出し、つまり罠だと結論付けますがここに戦略眼の不足が垣間見えます。

 この後、アムリッツア星域会戦、リップシュタット戦役と戦い続け、大将への昇進を果たしますが、僚友で競争相手でもあるミッターマイヤーとロイエンタールが上級大将となったため、後日の功を逸る状況が生み出されます。それでも大将の中では筆頭として扱われているので待遇は悪くないのですが。

 そして運命の第8次イゼルローン攻略戦。ここでケンプは戦場の雄として移動要塞とミュラーを率いて戦います。

 計画の段階からケンプは総指揮をとり、ガイエスブルク要塞の移動要塞化とワープ試験の成功はケンプの功績です。組織の責任者として十分認められるものです。

 作戦開始後はイゼルローン要塞の前面2光秒の位置にガイエスブルク要塞を到着させることにも成功します。当然この位置は総司令官のケンプが決定したもので、敵要塞砲の射程圏内(=自要塞の射程圏内)に陣を構える豪胆さはなかなかのものです。

 また敵前面での展開する効果は、威圧だけに留まりません。

 まずは敵要塞の制宙領域を著しく狭めることに成功します。これで敵の安全圏は無くなり艦隊どころか輸送艦1隻動かすだけでも敵を警戒する必要があります。

 次に有効射程距離5.7光秒の要塞主砲トールハンマーの脅威の半減化です。主砲の射程圏内は攻撃側艦隊にとっては危険領域であり、要塞守備側にはこの距離が要塞への接近を阻む安全圏でした。それが2光秒の位置に要塞を置くことで攻撃側は、これまでの半分以下の時間で要塞に接することができます。事実、ミュラー艦隊は味方要塞をカモフラージュに2度もイゼルローン要塞に肉薄します。最初は陸戦隊を送り込み要塞内進入に成功、2度目はミサイル攻撃で外壁に損傷を与えています。ガイエスブルク要塞から行われている通信妨害や探知妨害も、2光秒の位置取りでより高い効果を上げることができます。

 あとは攻略拠点があることで、通常の戦場であれば後方に下がり補助艦艇の順番待ちとなる艦船の補給や修理、乗員の休息が、安全な要塞の中で効率的にできるメリットがあります。

 この要塞対要塞はハードウェアに頼る嫌いはありますが、イゼルローン要塞に対抗するための優良な手段であったことは間違いなく、指揮したケンプが凡庸であるはずがありません。

 惜しむらくは相手がヤンという変態魔術師であった点です。

 ケンプが要塞に要塞を牽制させて回廊の突破を図る策は好手といえます。実際に帝国遠征と内戦の痛手から回復できていない同盟に、回廊を抜かれた場合に対抗する十分戦力が無いのは事実です。同盟が何とか準備してヤンとともに送った救援部隊は、複数の部隊で構成された混成艦隊で、戦力的に十分と言えないのもそれを証明しています。

 しかしヤンは数的劣勢の艦隊で、回廊の特性を利用して帝国軍を包囲します。これはその場での思いつきではなく、イゼルローン要塞兼駐留艦隊司令官となって以降、フィッシャー提督らと珍しく頑張って協議を重ねて構築した陣形案を利用したと考えられます。

 もっともヤンはアスターテのように、即興で敵の中央突破を逆手に取った側面前進後背展開の計画を立案できるので、断言できないのですが。

 ヤンの計画通りイゼルローン駐留艦隊も来援して、ケンプは回廊突破も失敗します。この時の残存戦力は5割程度でしょうか。

 最後に至りケンプは要塞の突撃による要塞破壊を思い至ります。ヤンはこれをまともな軍人が取る戦法でなないと考えますが、ともかくケンプは実行します。

 その結果は爆散です。

 ケンプは過去の対戦通り一旦後退すべきかというとそこは疑問です。ガイエスブルク要塞を引き続き攻略拠点として使い、イゼルローン要塞の防御拠点としての地位を低下させる役割は大きいです。

 同盟にとって最悪は、帝国が新たな艦隊を準備した上で、ガイエスブルク要塞が相打ちを狙いで要塞砲によりイゼルローン要塞にダメージを与えて半壊させ、艦隊による攻略という流れでしょうか。

 功を焦った。この時のケンプの本当の失敗はこれに尽きるのでは無いでしょうか。ライハルトの野心が銀河統一なら一時的に閑職に回されても、再登場の機会はあるかもしれなかったのですから。

 能力は十分にあったが、戦場に対しても自分の人生に対しても柔軟性が少し欠けていた。これがケンプ提督への評価となります。なお「勝利以外は無価値だ」というのと「敗北者は無能だ」とは違います。彼が大多数の人物よりも有能であったことは間違いないのですから。