呼吸する軍事博物館-老将ビュコック提督の生き方と死に様について-

 アレクサンドル・ビュコック元帥は軍務歴55年越えといえば作中でも一番長く、主要キャラではメルカッツ提督をも超える戦歴を持ちます。特にメルカッツ提督が貴族出身で士官からスタートしたことを考えれば、二等兵から始まり元帥まで上り詰め、宇宙艦隊司令長官として銀河を二分する軍事勢力の実戦部隊最高職となったのは伝説といっていいでしょう。

 帝国の大親征を迎え撃ったマル・アデッタでの最後の戦いには、ビュコック元帥を同盟軍の象徴として兵が集まったことでも人望はしれます。

 第5艦隊司令官時は数々の戦いに参加して、戦術眼や経験による戦いぶりを見せてます。また帝国侵攻やアムリッツアでは損害を出しながらも第5艦隊を艦隊戦力として維持、脱出時は残存同盟艦隊を纏めて第13艦隊の支援のもとで退却に成功しています。ただしビュコック提督が宇宙艦隊司令長官に就任後は、第5艦隊は登場しておらず戦力が激減したため解体されたと思われます。

(残存戦力七割でその後のイゼルローン駐留艦隊の中核となった第13艦隊の異常性がよくわかります。)

 司令長官就任後はヤンや同盟軍の穏健派と協調しつつ同盟軍の立て直しをはかります。しかし政治的状況の悪さが本来は前線の戦術家であったビュコック提督には厳しく、クーデターや政権の介入、皇帝誘拐事件、フェザーン侵攻などで活躍する場がありません。このあたりは士官学校出ではなく、同期や後輩がいなかったのも影響しているかもしれません。

 ようやくの出番がきたのはフェザーンとイゼルローンの双方を確保された状態での決戦、ランテマリオ星域会戦です。ここで順当な敗北となりますが、帝国軍の投入戦力がほぼ全軍となるほど善戦したため、帝国軍は補給と休息が必要となり進軍を停止させることができました。

 ヤンの各個撃破策もバーミリオン星域会戦も、このランテマリオの善戦があってこそです。

 どこまでも同盟軍は同盟と同盟民のためにあるとの建前を守り、ヨブ・トリューニヒトがミッターマイヤーの降伏勧告を受け入れようとした時も、身体を張って阻止しようとしました。確かに首都星への無差別攻撃を告げられては選択肢はないものの、最高議長の考えが保身であり、幼帝を受けれた責任など考えていないのはその後の身の振り方でも明らかです。

 引退後は余生を家族と過ごすものの、大親征で再び軍務について同盟軍と自身の最後の戦いに向かいます。マル・アデッタでは兵力差は4倍、質量ともに圧倒的な帝国を翻弄しますが全軍の八割の損害をだして力尽きます。

 この戦いの意義は様々な解釈がありますが、ビュコック提督は若い者(74歳のビュコック提督の指揮下の将兵は全員年下)を巻き込むことを悔やむ発言をしております。一方でこの戦いが必要であることも知っているため将兵200万人以上を率いて戦いに臨みました。最後は撤退する味方の殿を務め、降伏勧告を拒否、旗艦リオグランデに集中砲火を浴びてチュン総参謀長、エマーソン艦長とともに戦死しました。

 この時にビュコック提督はラインハルトに一方的ですが拒否する理由を伝えています。一つは礼儀としてもう一つは撤退する味方の時間を少しでも稼ぐため。旗艦から退艦する乗員の離脱の時間もあったでしょう。しかし言葉は本心です。

「民主主義とは対等な友人をつくるための思想

 ビュコック提督は命を賭けて守ろうとしたものが何かを伝えます。ラインハルトは態度ほど言葉には感銘を受けなかったと自答しますが、そこでキルヒアイスを思い出すあたり思いっきり刺さっているのが判ります。ロイエンタールが砲撃の許可を求める視線を受けてようやく意識を戻したのですから。

 共和制国家の軍人として戦い続けた老将は、最後まで節をまげずに戦いの中で死にました。ラインハルトをして「新雪」とまで例えられた生き方と死に様は、万人に真似できるものではありません。ただ敬意を表す対象として記憶すべきでしょう。