ヨブ・トリューニヒト氏の華麗なる弁舌

 銀英伝の中で嫌われキャラといえばハイドリッヒ・ラングと並ぶ二大巨頭ヨブ・トリューニヒト氏。自由惑星同盟の最高評議会議長まで登り詰めた政治家であり、雄弁家または詭弁家で、同盟を銀河帝国に売り渡した史上最大の商人。特に演説は同盟のトップとなる前から聴衆を高揚させる名手でした。

 アスターテ会戦の戦没者慰霊祭では原稿なしで原稿用紙換算3枚1200文字以上の内容を話し続けました。途中でジェシカ・エドワーズの横槍が無ければまだ喋ったかもしれません。

 この演説自体は見事なものです。戦死者の死を尊び、賛美し、国を守るために戦いが必要だと唱え、そして戦わぬものを卑怯だと称して帝国打倒を叫ぶ。トリューニヒトはたったこれだけの事を仰々しく長々と話す技術は卓越しております。
 命より大事なものがある、口先で平和を口にすることは簡単ではない、国あっての個人の自由、帝国では反論すら認められない、等々をこれでもかと叩きつけて人々を煽りました。これに感化された聴衆は興奮して帝国倒せと叫びます。雄弁家または詭弁家として見事な手腕で、本来の主役である戦没者や主賓である戦没者の家族を押しのけて慰霊祭の主役となります。
 一部の冷静な人は苦々しく思っていても、全体が熱狂的に賛同する中では態度に出せません。ヤンも席を立たずにスローガンも唱えないという、子供っぽい小さな抵抗しか出来ませんでした。

 これ以降も救国軍事会議のクーデター後や反ライハルト派の幼帝誘拐劇での演説で彼の弁舌はその力を発揮します。

 「皇帝亡命」ではまず最初に珍しくも無い亡命者の話題から幼帝の名前を口にすることで同盟市民を驚愕させます。続けてラインハルトの非道を訴えてローエングラム体制打倒を声高に叫び同盟全体を煽ります。更には帝国貴族達との共闘という建国以来の政策転換を打ち出して歴史に名が残るかのような発表をしました。
 この時に視聴率というものが同盟にあったとすれば、同盟史上でタゴン会戦の勝利報道以来の高視聴率だったかもしれません。扇動者としては最高の瞬間ですね。

 しかし、ラグナロック作戦でフェザーン回廊を帝国に奪われ、同盟領への帝国軍侵入を許すとその後は雲隠れして保身に走ります。本来なら得意の演説で国威高揚ぐらいはすべきところですが、それすらしないという徹底ぶり。最終的には同盟は敗北、トリューニヒトはあれほど活用した演説の一つも無く、帝国に亡命した後は残念ながら彼が聴衆の前で演説する機会は訪れませんでした。

 後半は大勢の前で演説する機会が無く、残念ながら彼の華麗なる弁舌は一部の聴衆が(嫌々ながら)聞くだけに留まります。それにしてもトリューニヒトが「帝国議会」で議長演説をする未来もあり得たというところが、銀英伝の奥の深さを感じます。それなら野党党首のアッテンボロー氏の反対演説も当然あり得るとして、まさかのif歴史を考えてみるのもいいかもしれません。